41話 俺×教室=少しの違和感があります。
生徒会室を出た頃には、空はすっかり暗くなっていた。
真守は肩を回しながら、ゆっくり帰り道を歩く。祇園を途中まで送ったあと、一人になってからも、さっきの会話が頭から離れなかった。
考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる。
真守は小さく息を吐き、家の前まで辿り着いた。
玄関を開けた瞬間——
「まー君、おかえり〜!!」
勢いよく真希那が飛び出してきた。
エプロン姿のまま、満面の笑みで突進してくる。
「うわっ!?」
避ける暇もなく抱きつかれ、真守は後ろへよろけた。
「ちょ、真希ねぇ!?」
「えへへ〜、今日も生徒会お疲れ様〜!」
ぎゅうっと首に腕を回される。
柔らかい匂いと体温が一気に近づいてきた。
「またすぐくっつくなよ……今日はほんと疲れてるんだって」
真守が呆れ気味に言うと、真希那は頬を膨らませる。
「えー!? お姉ちゃんの愛情表現を拒否するなんて冷たい!」
「いや、距離感がおかしいんだよ毎回」
「だって、まー君不足だったんだもん」
「毎日会ってるだろ……」
「気持ちの問題なの!」
意味が分からない。
真守は呆れながらも、小さく笑ってしまう。
このやり取りをしている時だけは、嫌なことを少し忘れられた。
真希那は真守の腕を引っ張りながら、楽しそうに言う。
「今日はハンバーグだよ! まー君の好きなやつ!」
「……だから特別感出してるけど、それ割と頻繁に出るからな?」
「愛情がいっぱい入ってるから毎回違うの!」
「そういう問題じゃないだろ……」
リビングへ入る。
暖かい匂い。
明るい照明。
テレビの音。
さっきまでいた生徒会室とは、まるで別世界だった。
真守は少しだけ肩の力を抜きながら椅子へ座る。
「いただきます」
「はい、召し上がれ〜♪」
真希那は嬉しそうに向かいへ座った。
夕食の時間は、他愛もない会話ばかりだった。
学校の話、スーパーの安売りの話、近所の猫の話。そんな普通の会話をしながら、真守はぼんやりと思う。
(……普通って、こんな感じだったよな)
ここ最近、濃すぎることばかり起きていた。
だからこそ、この時間が妙に安心できた。
真希那がハンバーグを切りながら、ふと思い出したように言う。
「そういえば、もうすぐ夏休みだね」
「……あー」
「今年は実家帰ろうよ。ママも絶対喜ぶって」
真守はフォークを止めた。
夏休み。
そんな時期か。
「でも、生徒会あるんだよな……」
真守がぼそっと言う。
「夏休みも普通に活動するみたいだし」
真希那は露骨に嫌そうな顔をした。
「えぇ〜、ブラック企業じゃん」
「学校だからな?」
「そんなの適当に休めばいいの!」
「軽いな……」
真希那は真顔で頷く。
「“家族の事情です”とか、“体調悪いです”とか言えばいけるって!」
「それ絶対ダメなやつだろ」
「まー君最近頑張りすぎなんだもん。少しぐらいサボったってバチ当たらないって」
真守は苦笑する。
でも、その言葉は少しだけ嬉しかった。
「……まぁ、考えとくよ」
「うんうん、それがいい!」
真希那は満足そうに笑った。
その夜。ベッドへ入った真守は、天井を見つめていた。
部屋は暗い。静かだった。
ふと、机の引き出しを思い出す。
真守はゆっくり起き上がり、そこから例の手紙を取り出した。
【これ以上大切なものを奪うのなら、
お前の大切なものを一つずつ壊していく】
「……」
何度見ても気味が悪い。
真守は小さく息を吐く。
胸の奥がざわついた。
「……考えすぎか」
そう呟き、真守は無理やり目を閉じた。
だが、その不安は消えなかった。
そして——
手紙の事件から二週間後。
教室へ入った瞬間、真守は違和感を覚えた。
「……あれ?」
視線が自然と一箇所へ向く。
神宮丸の席が空だった。
「……」
一日だけじゃない。
ここ一週間、ずっと休んでいる。
最初は「またサボってるのか?」くらいに思っていた。
でも。
神宮丸は意外と真面目だ。
あいつが一週間も連続で休むなんて、今まで一度もなかった。
「……」
教室の空気も少し変だった。
誰も神宮丸の話をしない。まるで、その話題に触れたくないみたいに。
真守はゆっくり席へ座る。
胸の奥に、小さな不安が広がっていった。
(……何かあったのか?)
その日は結局、神宮丸は来なかった。
次の日。朝のホームルーム直前、教室のドアが開いた。
「……」
神宮丸だった。
だが。
姿を見た瞬間、真守は目を見開く。
頭に包帯、顔色も悪い。歩き方も少し不自然だった。
「おい!」
真守は反射的に立ち上がる。
「神宮丸! 大丈夫か!?」
教室の空気が少しざわつく。
真守はすぐに神宮丸のところへ向かった。
「一週間も休んでたじゃねぇか! 何があったんだよ!」
神宮丸は一瞬だけ真守を見る。
でも。
すぐに視線を逸らした。
「……別に」
声が暗い。
いつもの明るさが全然ない。
「いや別にじゃねぇだろ、その包帯どうしたんだよ」
「……転んだだけ」
「絶対嘘だろ」
真守が詰め寄る。
だが、神宮丸はそれ以上何も言わなかった。
そのまま真守を避けるように、自分の席へ向かう。
「……」
真守はその背中を見つめる。違和感しかなかった。
神宮丸が、自分を避けている。あの神宮丸が。意味もなく絡んできて、くだらない話をしてくるあいつが。
今はまるで、真守と距離を取ろうとしている。
「……なんだよ」
胸の奥がざわつく。
その時だった。
ふと、別の席が目に入る。
白ヶ崎の席。
「……」
そこも空だった。
真守の表情が固まる。
(そういえば……)
白ヶ崎も、一週間来ていない。
最初は風邪かと思っていた。
でも、連絡がない。
学校でも誰も詳しく話さない。
神宮丸。
白ヶ崎。
二人とも、急に学校へ来なくなった。
そして今、神宮丸は明らかに何かを隠している。
「……」
真守の背中に、冷たい感覚が走る。
あの手紙。
【お前の大切なものを一つずつ壊していく】
その文字が脳裏に浮かんだ。
「……まさか」
心臓が嫌な音を立てる。
教室の喧騒が、急に遠く聞こえた。
何かがおかしい。確実に、何かが起きている。




