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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第二章 俺×鐘の音=不幸が聞こえます。〜不幸の手紙編〜
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40話 俺×壁=少し崩れました。

生徒会室には、夕陽だけが差し込んでいた。


赤く染まった床。長く伸びる影。その静かな空間の中で、真守は言葉を失っていた。


祇園の告白が、あまりにも重かったからだ。


会長からの暴力。


罵倒。


支配。


それを、祇園はずっと一人で抱えていた。


「……」


真守は何も言えないまま、祇園を見つめる。


祇園は松葉杖を握りしめ、俯いていた。


肩が小さく震えている。


普段の高圧的な態度は、今はもうほとんど残っていなかった。ただ、弱々しく息を吐く音だけが聞こえる。


「……高校に入ったばかりの頃ね」


祇園がぽつりと呟く。


「紅子は、今とは全然違ってたの」


「……」


真守は黙って続きを待つ。


祇園は少し遠くを見るような目をしていた。まるで、昔の自分を眺めているみたいだった。


「容姿も悪くない方だったし、性格も今みたいじゃなかった」


小さく苦笑する。


「自分で言うのも変だけど、クラスの中心みたいな感じだったのよ」


「……」


「みんなから“(べに)ちゃん”って呼ばれて、毎日うるさいくらい騒いでた」


夕陽が、祇園の横顔を赤く照らしている。


「笑ってれば、全部うまくいくと思ってた」


その声は静かだった。


でも、その静けさが逆に胸へ刺さる。


「そんな時に、会長が声をかけてきたの」


祇園の指先が、松葉杖を少し強く握る。


「“君は生徒会に向いてる”って」


「……」


「優しい笑顔で言われて……すごく嬉しかった」


祇園は少しだけ目を細める。


「紅子、単純だったから」


小さく笑う。


「本当に浮かれてたのよ。会長に認められたって」


その笑顔は、一瞬だけ昔の祇園を思わせた。


明るくて、素直で、誰かに好かれることを疑っていなかった頃の祇園。


「最初は、本当に楽しかった」


「……」


「みんなで仕事して。生徒会って特別な場所で。会長の近くで頑張れるのが嬉しくて」


祇園の声が少しずつ小さくなる。


「でも……」


その一言で空気が変わった。


「少しずつ、会長が変わっていったの」


「……」


「最初は小さな注意だった」


祇園は俯く。


「“もっとしっかりしろ”とか。“その明るさは軽薄に見える”とか」


「……」


「最初は、期待されてるんだって思ってた」


真守は胸が痛くなる。


祇園はきっと、本気で頑張っていたのだ。


会長に認められたくて。


期待に応えたくて。


でも。


「だんだん、それがエスカレートしていった」


祇園の声が少し震える。


「毎日怒鳴られるようになった」


「……」


“お前みたいな出来損ないがいるから生徒会が乱れる”


“顔だけで中身が空っぽだ”


“役立たず”


祇園が唇を噛む。


「そんな言葉を、毎日言われ続けた」


真守は拳を握る。


会長の穏やかな笑顔が頭に浮かぶ。


優しい口調、柔らかい視線。

でも、その裏で。


こんなことをしていた。


「暴力も始まった」


祇園が小さく息を吐く。


「最初は、肩を軽く叩かれるくらいだったの」


「……」


「でも、ある日」


祇園の目が揺れる。


「書類のミスをした時、会長に呼び出されて」


松葉杖を握る手が震える。


「突然、頬を叩かれた」


「……っ」


真守の喉が詰まる。


祇園は静かに続ける。


「そこからは、もう普通じゃなかった……誰もいないところで足を踏まれたり。髪を掴まれて壁に押しつけられたり」


「……」


「“お前は僕の言うことだけ聞いていればいい”って、何回も言われた」


生徒会室が静まり返る。


時計の音だけがやけに大きく聞こえた。


「なんで自分がこんな目に遭ってるのか、分からなかった」


祇園が小さく笑う。


でも、その笑いは壊れそうだった。


「怖かったの」


「……」


「逆らったら、もっと酷くなる気がして」


「……」


「だから、言うこと聞くしかなかった」


夕陽が祇園の目を照らす。そこには、疲れ切った感情が滲んでいた。


「明るかった自分は、どんどん消えていった」


「……」


「気づいたら、誰も近づかない今の紅子になってた」


祇園はそこで口を閉じた。


生徒会室に沈黙が落ちる。


真守は、すぐに言葉が出なかった。


胸が苦しい。


祇園の話が、重すぎた。


今まで怖い先輩だと思っていた。高圧的で、口が悪くて、近寄りづらい人だと思っていた。


でも、それは全部。


壊され続けた結果だった。


「……祇園先輩」


真守が静かに口を開く。


祇園は少しだけ顔を上げた。


「そんなに辛い思いをしてたんですね」


「……」


「俺、全然知らなくて」


真守は視線を落とす。


「勝手に怖い人だと思ってました」


祇園の目が少し揺れる。


「……ごめんなさい」


「……」


「祇園先輩がそんな態度だったのも、きっと理由があったんですね」


真守は苦しそうに笑った。


「俺も、勝手に誤解して避けてました」


「……」


「本当に、申し訳ありませんでした」


深く頭を下げる。


祇園は目を見開いていた。


まるで、そんな言葉を向けられると思っていなかったみたいに。


「……」


真守は顔を上げる。


「これからは」


少しだけ間を置く。


「できる範囲で、祇園先輩を守ります」


「……っ」


祇園の肩が小さく揺れた。


「俺にできることがあるなら、何でも言ってください」


その瞬間。


祇園の頬が、ほんのり赤くなる。


「……バカね」


視線を逸らす。


「そんなこと言われたら……どう反応していいか分からないじゃない」


声が小さい。


さっきまでより、ずっと柔らかかった。


真守は少しだけ笑う。


祇園も、困ったように小さく笑った。


その笑顔は、ほんの少しだけ昔の“紅ちゃん”を思わせた。

明るくて、普通の女の子だった頃の面影。


「……」


静かな空気が流れる。


今まで二人の間にあった壁が、少しだけ崩れた気がした。


祇園は松葉杖を軽く持ち直す。


「……帰るわ」


「送ります」


真守が自然に言う。


祇園は少し驚いた顔をした。


「え……?」


「足、大変そうですし」


「……」


祇園は少しだけ黙ったあと、小さく視線を逸らす。


「……じゃあ、少しだけお願いしようかな」


「はい」


真守は祇園の隣へ立つ。


歩幅を合わせるように、ゆっくり歩き始める。

松葉杖の音が、生徒会室に静かに響いていた。

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