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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第二章 俺×鐘の音=不幸が聞こえます。〜不幸の手紙編〜
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39話 俺×傷跡=消えない影です。

自室へ戻ったあとも、真守の頭の中はずっと落ち着かなかった。

制服のままベッドへ腰を下ろす。部屋の中は静かだ。


真希那は今日は仕事で帰りが遅いらしく、珍しく家の中にも人の気配がない。その静けさが、逆に不安を増幅させていた。


「……」


真守はゆっくりポケットへ手を入れる。


指先に紙の感触が触れた。あの手紙だった。生徒会室で見つけた、白い封筒。


真守はそれを取り出し、もう一度広げる。


【これ以上大切なものを奪うのなら、

 お前の大切なものを一つずつ壊していく】


「……」


何度見ても気味が悪い。


文字は乱れている。


普通に書こうとして崩れたというより、最初から感情を叩きつけるように書いた字だった。


筆跡なんて分からない。インクも滲んでいる。紙の端まで少し湿って波打っていた。


まるで、書いた本人の感情がそのまま染み込んでいるみたいだった。


「……誰だよ」


小さく呟く。


だが、答える人はいない。


真守は手紙を握りしめたまま、天井を見る。


頭の中に、色んな顔が浮かんだ。


誰が書いてもおかしくない。それぐらい、この短期間で色んな人間と関わりすぎていた。


そして、そのどれもがまともじゃない。


「……大切なもの、か」


真守は小さく呟く。


自分にそんなものがあるのか、よく分からなかった。


でも最近、少しずつ関わる人間が増えてきた。それを“壊す”と言われている気がして、胸の奥が嫌にざわつく。


「……」


眠れる気がしなかった。


その夜、真守は何度も目を覚ました。


夢も見た。


内容は曖昧なのに、嫌な感覚だけが残る。


起きるたびに、枕元の手紙を確認してしまう。まるで、本当に誰かに狙われているみたいだった。


結局、一週間経っても、その不安は消えなかった。


学校はいつも通りだった。


授業があって、神宮丸が騒いで、白ヶ崎が呆れて、赤坂が元気で、表面上は、何も変わらない。


でも、真守の中だけがずっと重かった。


そして、その日も。


真守は重たい足取りで生徒会室の扉を開ける。


「失礼します……」


中へ入った瞬間。


真守は思わず足を止めた。


「……え」


祇園がいた。


だが、その姿は以前とはまるで違っていた。


左足にはギプスで松葉杖。顔色も悪い。白い眼帯もまだ外れていない。


以前のような強気な空気が、かなり薄れていた。


「……」


祇園がゆっくり顔を上げる。


その動作一つ一つが重そうだった。


松葉杖が、カツ……カツ……と小さな音を立てる。その音が妙に耳に残る。


真守は無意識に視線を逸らしかけた。


胸が痛かった。


会長はいつも通りだった。


「おはよう、楽々浦君」


穏やかな笑顔。優しい声。何事もないように微笑んでいる。


「今日もよろしくね」


「……はい」


真守は返事をする。


だが、どうしても祇園の姿が気になってしまう。


その横では、池鶴が書類を整理していた。


ちらり、と。


一瞬だけ真守を見る。


鋭い視線。猫の件をまだ根に持っているらしい。


「……」


真守は慌てて目を逸らした。


怖い。普通に怖い。


その日も、生徒会の仕事は続いた。


調査、書類整理、見回り、問題報告。やることは山ほどある。


だが、真守はどこか上の空だった。


祇園の姿が頭から離れない。


前まであれだけ高圧的だった先輩が、今はまるで別人みたいに弱っている。


そして、その原因に自分が関わっている気がしてならなかった。


夕方。仕事を終え、生徒会メンバーが少しずつ帰っていく。


三宝が帰り、池鶴も帰り、会長も「今日は先に失礼するよ」と穏やかに笑って部屋を出ていった。


広い生徒会室に残ったのは、真守と祇園だけだった。


「……」


静かだった。


窓の外では夕陽が沈みかけている。


オレンジ色の光が、生徒会室の床を長く照らしていた。


真守は少し迷ったあと、ゆっくり祇園へ近づく。


「……祇園先輩」


祇園が顔を上げる。


「何?」


声はいつも通り強めだった。でも、どこか力がない。


「まだ何か用?」


真守は少しだけ息を吸う。


そして、深く頭を下げた。


「……すみませんでした」


「……は?」


祇園が眉をひそめる。


真守は頭を下げたまま続けた。


「あの時のことです」


「……」


「祇園先輩が、こんなことになってるの」


真守は拳を握る。


「俺のせいじゃないかって、ずっと思ってました」


祇園の表情が少しだけ動く。


松葉杖を握る手に力が入る。


「……」


「許してもらえるとは思ってないです」


真守はゆっくり顔を上げた。


「でも、せめて話を聞かせてください」


「……」


祇園は何も言わなかった。


ただ、じっと真守を見ている。


高圧的な視線。でも、その奥に別の感情が混ざっている気がした。


「……バカね」


ぽつり、と。


小さな声が漏れる。


その瞬間だった。祇園の目が、わずかに潤んだ。


「……っ」


真守は息を呑む。


祇園はすぐに顔を逸らした。強気な態度を保とうとしている。でも、限界なのが伝わってくる。


「……」


唇を噛む。


松葉杖を強く握る。


肩が小さく震えていた。


「……会長から」


祇園が小さく呟く。


「暴力を受けてるの」


「……!」


真守の目が見開かれる。


祇園は俯いたまま続けた。


「土下座の後……もっと厳しくされた」


声が震えている。


「“お前はまだ反省が足りない”って」


「……」


「足を……踏まれて」


「……っ」


真守の喉が詰まる。


祇園はそれ以上、上手く喋れなくなっていた。

肩が震えている。必死に泣くのを堪えているのが分かる。


「……」


今までずっと高圧的だった。


強気で、怖くて、偉そうだった。でも今の祇園は違う。ただ、一人で怯えている人間だった。


「……誰にも」


祇園が小さく呟く。


「言えなかった」


その声は、壊れそうなほど弱かった。


真守は何も言えない。言葉が見つからなかった。


ただ。


胸の奥だけが重くなる。


会長の穏やかな笑顔が浮かぶ。


優しい声。柔らかい態度。でも、その裏側で祇園は壊されていた。


「……」


夕陽が、生徒会室を赤く染めている。


長い影が床へ伸びる。


祇園は俯いたまま、小さく震えていた。


そして真守は、ただ静かにその場へ立ち尽くしていた。


祇園の中にある傷跡が、まだ全然消えていないことだけは、痛いほど伝わってきた。

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