37話 俺×新調査=最悪の組み合わせです。
自室のベッドに倒れ込んだまま、真守はぼんやりと天井を見つめていた。
今日だけで、精神を何回削られたのか分からない。
どれもインパクトが強すぎて、頭の中がまだ整理できていなかった。
「……最悪だ」
小さく呟く。
首に手を当てる。まだ少し痛い。飲み込むだけでも違和感があった。
「……」
目を閉じても、奏の冷たい目が浮かぶ。
“接近禁止”
意味もなく、だ。
あまりにも理不尽だった。
「なんなんだよ、本当に……」
ため息を吐いた瞬間。
ブブッ。
スマホが震える。
「……」
嫌な予感しかしない。
真守は面倒そうにスマホを取り、画面を見る。
【夢百合葵】
「……うわ」
通知を開く。
【楽々浦君、ごめんね。本当にごめん。奏が突然あんなことして】
すぐ次。
【私のせいだよ。ちゃんと止められなくて】
さらに。
【許してくれなくてもいいから、返事だけでも】
そして。
【本当にごめんなさい】
「……」
真守は無言でスクロールした。
まだある。まだ来てる。
謝罪メッセージだけで十件以上並んでいた。その必死さが、逆に重い。
「……」
返事をする気力はなかった。今は誰とも話したくない。
「……もう無理」
真守はスマホを枕の下へ押し込む。
そのまま布団へ顔を埋めた。今日は何も考えたくない。
「……おやすみ」
半分投げやりに呟く。
疲れ切った脳は、そのまま意識を沈めていった。
翌朝。
真守は重たい体を引きずるように学校へ向かっていた。
眠れた気はしない。
夢も見た。
内容は覚えていないのに、妙に嫌な感じだけが残っている。
「……帰りたい」
朝から本気で思った。
だが。
逃げられない。
もう生徒会に足を踏み入れてしまった以上、簡単には抜け出せない。
真守は重たい足取りで生徒会室の前へ立つ。
深呼吸。
そして扉を開けた。
「失礼します……」
部屋へ入った瞬間、いつもより少し空気が重いことに気づく。
「……」
祇園の席が空だった。
白い眼帯をした姿が、今日はない。それだけなのに、妙に静かに感じる。
「おはよう、楽々浦君」
会長だけは、いつも通りだった。
優しい笑顔。落ち着いた声。まるで何事もないみたいに微笑んでいる。
「今日もよろしくね」
「……はい」
真守は軽く頭を下げる。
その瞬間。
視線を感じた。
「……」
池鶴だった。
書類から顔を上げ、じっと真守を見ている。
昨日の猫の件が頭をよぎる。
「……っ」
真守は慌てて目を逸らした。
怖い。
あの人、本当にやりそうなんだよな……。
すると。
「楽々浦君……」
葵が近づいてきた。
昨日より明らかに元気がない。
「昨日は本当にごめん」
「……」
「ちゃんと話したいんだけど——」
「接近禁止命令が出されたので」
真守は冷たく遮った。
「話しかけないでもらっていいですか」
「……っ」
葵の表情が、一瞬で凍りつく。
目が揺れた。
唇を噛む。
「……」
肩が小さく震える。
そのまま葵は俯き、一歩後ろへ下がった。
涙目になっている。
だが。
真守も優しくできる余裕はなかった。
正直、昨日の件でかなりイライラしている。
そこへ。
「楽々浦〜」
三宝が朗らかな声で近づいてきた。
「元気ないのう!」
「……」
「また庶務の仕事があるんじゃが——」
「やらないです」
即答だった。
三宝が少しだけ目を丸くする。
「おぉ」
「鉄拳制裁とか、俺には無理です」
真守はそのまま会長の前へ向かった。
「会長」
「ん?」
「庶務の仕事、嫌です」
会長の笑顔が少しだけ薄くなる。
「……そうか」
「暴力とか、見てられないです」
「……」
少しだけ沈黙が落ちた。
会長は軽くため息を吐く。
「残念だね」
その言い方が妙に引っかかった。まるで、“期待外れ”と言われたみたいで。
「では、今日は別の仕事にしよう」
会長はすぐに切り替える。
「一年A組の調査をお願いしたい」
「……A組?」
「夢百合君と二人でね」
「……は?」
真守は思わず顔をしかめた。
横で葵が小さく顔を上げる。
「……」
真守は正直に言った。
「二人でやりたくないです」
その言葉に、葵がさらに落ち込む。目に見えてしょんぼりしていた。
だが会長は、穏やかな笑顔のまま言った。
「残念だが、これは決定事項だ」
声は優しい。でも、拒否権はない。
「行ってきてくれ」
「……」
真守は小さく舌打ちしそうになるのを堪えた。
結局、断れない。
いつもそうだ。気づけば、流されるように決まっている。
「……行きます」
渋々返事をする。
葵は申し訳なさそうに真守の後ろをついてきた。
廊下を歩く。
気まずい。ものすごく気まずい。
葵は何度か話しかけようとしていた。でも、真守が全然反応しないせいで、途中から黙ってしまった。
その沈黙が余計に重い。
すると。
隣のクラスから騒がしい声が飛んできた。
「おーい! 楽々浦ぁ!!」
「……げ」
神宮丸だった。
教室の窓から身を乗り出している。
「今日も生徒会か!?」
「……まぁ」
「相変わらず忙しそうだな!」
朝からテンションが高い。
「俺今、昼飯のメニュー悩んでるんだけどさ!」
「知らねぇよ」
「カレーかうどん、どっちだと思う!?」
「……カレーでいいんじゃね」
適当に返す。
「おぉ! やっぱカレーか!」
神宮丸は一人で盛り上がっていた。
いつも通り。
何も変わらない。その空気に、真守は少しだけ救われる。
すると。
「真守くん」
今度は白ヶ崎が教室から顔を出した。
「……白ヶ崎さん」
「夢百合さんと一緒なの?」
白ヶ崎が少しだけ不思議そうに二人を見る。
「なんか気まずそうだけど……何かあった?」
「……知らない」
真守は即答した。
後ろで葵がさらに傷ついた顔をする。
白ヶ崎はそれに気づいたのか、少しだけ眉をひそめた。
「……?」
何か察しかけている。でも、それ以上は聞いてこなかった。
「まぁ、無茶しないでね」
「うん」
短く返す。
そして二人は、一年A組へ向かった。
A組の前へ到着する。
真守たちは教室へは入らず、廊下側の窓から中を確認する形で様子を見ることにした。
「……」
教室の中は、普通に見えた。
談笑している生徒。スマホをいじっている生徒。勉強している生徒。
一見すると平和だ。
だが。
「……?」
教室の奥が妙に騒がしい。ピリピリしている。
人だかりまでできていた。
「なんだ……?」
真守が窓越しに視線を向けた瞬間。
「余計なお世話よ!!」
鋭い声が響いた。
黒ヶ峰だった。
長い黒髪を揺らし、感情を露わにしている。普段の冷たい雰囲気とは違う。
かなり怒っていた。
その向かいに立っているのは、男子生徒。
山神隼人。
以前のクラス委員顔合わせにはいなかった特待生だ。
冷静そうな顔立ち。だが今は、黒ヶ峰を真っ直ぐ見ていた。
「でも、実際そう見えてる」
山神が静かに言う。
「特定の生徒だけ、避けてるみたいに見えるんだ」
「だから何!?」
黒ヶ峰の声がさらに強くなる。
教室の空気が凍る。
「別に私は——」
「クラスメイトなんだから、もう少し普通に接した方がいいんじゃないか?」
山神の言葉は冷静だった。
だが。
その内容が、黒ヶ峰の神経を逆撫でしている。
真守は少しずつ状況を理解する。
直接“いじめ”とは言っていない。でも、かなり近い。遠回しに、“黒ヶ峰が誰かを孤立させている”と指摘しているのだ。
「……」
周囲もざわついている。誰も止めに入れない。
黒ヶ峰の目が鋭くなる。
「あなたに関係ないでしょ」
「関係なくはない」
山神も引かない。
「同じクラスだ」
「……っ」
黒ヶ峰が山神の胸倉を掴んだ。
教室がざわめく。
「お、おい……!」
誰かが声を漏らす。
山神も黒ヶ峰の腕を振り払おうとする。
「落ち着け」
「うるさい!!」
黒ヶ峰の感情が完全に爆発していた。
真守は止めに入ろうとした。
だが。
空気が鋭すぎて近づけない。隣では葵も固まっている。
「……」
結局、教師が駆けつけるまで揉め事は続いた。
黒ヶ峰は最後まで苛立ったままだった。
そして、周囲の空気は完全に“黒ヶ峰が悪い”という流れになっている。
「……」
真守はその様子を見ながら、小さくため息を吐いた。
なんなんだ、この学校。次から次へと問題ばかり起きる。
しかも。
そのどれもが、妙に後味が悪い。
「……調査続けますか」
真守が小さく呟く。
隣では葵がまだ落ち込んだまま俯いていた。
最悪の組み合わせ。
真守は改めてそう思いながら、重たい足取りで教室の様子を見続けた。




