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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第一章 俺×春=新しい出会いが待っています。〜新生活編〜
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34話 俺×暴力=許せません。

資料室で三宝の話を聞いた瞬間、真守の胸に強い拒否感が湧いた。


机の上に並べられた資料。


名前。

顔写真。

問題行動の記録。


それを前にして、三宝はあまりにも自然に言った。


“誰から手をつける?”


まるで、今日の昼飯を選ぶみたいに。その軽さが、逆に怖かった。


「……三宝先輩」


真守は、少しだけ息を吸う。声が震えそうになるのを、なんとか抑えた。


「俺は、暴力反対です」


三宝が、資料から顔を上げる。


「鉄拳制裁とか、そんなの絶対にやりたくないです」


一度言葉にすると、止まらなかった。


「誰かを殴って懲らしめるなんて、正しくないと思います」


「……」


部屋の中が静かになる。


言った。言ってしまった。この場の空気に逆らった。


真守の手のひらには、じわりと汗が滲んでいた。


だが、三宝は怒らなかった。むしろ、大きな体を揺らして朗らかに笑った。


「ほう」


少し嬉しそうですらあった。


「ええこと言うのう、楽々浦」


「……」


「暴力は正しくない。確かにそうじゃ」


三宝は椅子にもたれ、腕を組む。


「じゃがな」


そこで声が少しだけ低くなる。


「それでも、止めんといかん奴らがおる」


「……」


「話して分かる奴なら、最初からこんなことにはならん」


その言葉は、妙に重かった。


「弱い者を守るためにはな、時には手を汚すことも必要なんじゃ」


「……そんなの」


真守は言葉に詰まる。


否定したい。でも、上手く言葉が出てこない。


「会長が言う“影の仕事”は、そういうもんじゃ」


三宝は資料へ視線を落とす。


「表ではできんことを、おいたちがやる」


「……」


「それが、この生徒会のもう一つの顔なんじゃよ」


三宝の声は優しかった。


けれど、その優しさの中に、逃げ場のない重さがあった。


正義。守る。手を汚す。

どれも、真守には簡単に受け入れられない言葉だった。


「……」


資料の名前を見る。


鬼頭猛

黒崎雷太

岩本剛


どれも、自分には関係ない名前のはずだった。でも、この中から選べと言われている。


誰かを痛めつける順番を、自分が決める。それが怖かった。


「……じゃあ」


声が小さくなる。


「適当に……黒崎雷太にします」


言った瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた気がした。


“適当に”


その言葉が、自分で吐いたものなのに気持ち悪かった。


三宝は満足そうに頷いた。


「よし」


それだけ言うと、すぐに立ち上がる。


迷いがない。


放送室へ向かい、校内放送のマイクを取る。


『二年C組、黒崎雷太。至急、体育館に来てください』


淡々とした声が校内に響く。


それだけで、もう取り返しがつかないところまで進んだ気がした。


「……」


真守は何も言えないまま、三宝について体育館へ向かった。


廊下を歩く。足音がやけに大きく響く。


「……」


胸のざわつきが消えない。


自分は今、何をしに向かっているのか。


いじめを止めるため。弱い人を守るため。そう言えば、聞こえはいい。でも、やることは暴力だ。


隣を歩く三宝は、いつも通りだった。


朗らかで、大きくて、余裕がある。その落ち着きが、真守には逆に怖かった。


「楽々浦」


ふと、三宝が口を開く。


「……はい」


「おいはな、昔、底辺クラスで完全に孤立しとった」


「……え?」


思わず顔を見る。


三宝は前を向いたまま続けた。


「いじめられてな。毎日、学校が地獄じゃった」


「……」


想像できなかった。


今の三宝からは、そんな過去がまったく見えない。


「誰も助けてくれんかった」


声は明るくない。でも、暗すぎもしない。もう過去として飲み込んだ人の声だった。


「そんな時、会長がおいを見つけてくれた」


「……会長が」


「ああ」


三宝が少しだけ笑う。


「“お前には力がある。弱い者を守るために使え”ってな」


「……」


「おいは、その言葉に救われた」


その横顔は、少しだけ誇らしげだった。


「だから、この仕事に誇りを持っとる」


「……」


「楽々浦も、いつか分かる日が来るかもしれん」


真守は何も言えなかった。


その話を聞いても、不安は消えなかった。むしろ、余計に重くなった。


三宝にとってこれは救いなのかもしれない。


でも。


真守にとっては、まだ受け入れられないものだった。


体育館に着く。広い空間に、わずかな靴音が響く。


そこにはすでに、黒崎雷太がいた。取り巻きらしき男子が三人。全員、態度が悪い。


体育館の中央で、こちらを待ち構えるように立っていた。


「は?」


黒崎が鼻で笑う。


「生徒会のお偉いさんが何の用だよ」


背は高い。体格もいい。いかにも喧嘩慣れしていそうな雰囲気だった。


「最近調子乗ってんじゃねぇの?」


黒崎が一歩前に出る。


「学校のルールとか、全部自分たちの都合で決めやがって」


「……」


三宝は何も言わない。


ただ、立っている。


「クソ生意気なんだよ」


黒崎は床に唾を吐く。その音が、やけに大きく聞こえた。


真守は思わず身を強張らせる。


「……」


怖い。普通に怖い。


こんな相手と正面から向き合うなんて、自分には無理だ。


「で?」


黒崎が真守を見る。


「そこの一年は何? 見学?」


「……」


視線が向けられただけで、体が固まる。


「黙ってんじゃねぇよ」


黒崎の苛立ちが増す。


「てめぇも生徒会か?」


「……」


何も返せない。


その沈黙が気に入らなかったのか、黒崎が舌打ちした。


「ムカつくな」


次の瞬間だった。


黒崎が真守へ向かって突っ込んできた。


「てめえ!」


拳が振り上げられる。


真守は反射的に目を閉じた。


殴られる。


そう思った。


だが。


鈍い音が響いた。


「……っ」


恐る恐る目を開ける。


三宝が、黒崎の拳を片手で受け止めていた。


「なっ……」


黒崎の顔が歪む。


次の瞬間。


三宝の拳が、黒崎の腹に叩き込まれた。


重い音。


黒崎の体が折れ、そのまま床へ転がる。取り巻き達の顔色が変わった。


「ひっ……」


誰かが小さく声を漏らす。


次の瞬間、三人は一斉に逃げ出した。


体育館に残ったのは、倒れた黒崎と、三宝と、真守だけ。


真守は声も出なかった。


強すぎる。あまりにも、一方的だった。


三宝は倒れた黒崎の襟を掴む。


「移動するぞ」


「……」


黒崎は腹を押さえながら、苦しそうに呻いていた。


真守はその背中についていくしかなかった。


連れて行かれたのは、使われていない教室だった。机と椅子が隅に寄せられ、窓には薄いカーテンがかかっている。


空気が重い。


三宝は黒崎を椅子へ座らせる。そして、逃げられないように固定した。


「……三宝先輩」


真守の声が震える。


「本当に、やるんですか」


三宝は振り返る。


「始めるぞ」


短い言葉だった。


「……」


真守の胃が縮む。


無理だ。これは無理だ。


「三宝先輩……俺、もう見てられないです」


そう言って、真守は教室を出ようとする。


だが。


「楽々浦」


低い声が止めた。


「……」


足が止まる。


「最後まで見ろ」


「……」


「これが現実じゃ」


三宝の声は重かった。


「逃げたら、何も変わらん」


「……」


真守は振り返れなかった。


その言葉が、背中に刺さる。


逃げたい。でも、逃げたら何も変わらない。


本当にそうなのか。それとも、これはただの暴力を正当化する言葉なのか。


分からない。


分からないまま、真守はその場に立ち尽くす。


その後のことは、よく覚えていない。


教室の中から聞こえる音。黒崎の呻き声。三宝の低い声。それらが断片的に耳に残っている。


詳細は覚えたくなかった。覚えていたくなかった。

ただ、暗くて重い時間が過ぎた。それだけが残った。


終わった頃には、真守の手は冷たくなっていた。


「……」


気分は最悪だった。


胸の奥がぐちゃぐちゃで、吐き気すらする。


三宝は何事もなかったかのように立っている。


「戻るぞ」


「……はい」


小さく返す。


生徒会室へ戻る道のりは、やけに長く感じた。


扉を開ける。


会長が、いつもの席に座っていた。


「お疲れ様、楽々浦君」


穏やかな笑顔。いつもの声。


「今日はよく頑張ったね」


「……」


真守は何も返せなかった。


頑張った。


本当にそうなのか。自分は、何を頑張ったのか。

誰かが痛めつけられるのを、ただ見ていただけじゃないのか。


「……」


会長の笑顔が、いつもより遠く見えた。


真守は唇を噛む。


胸の奥で、強い違和感だけが膨らみ続けていた。

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