28話 俺×部屋=抜け出せないです。
もう1週間、学校に行っていない。行けるはずがない。とにかく今は、誰にも会いたくない。
ずっと引きこもっている真守は、ろくな食事も取らずに身なりも見窄らしくなっていた。そもそもこんな姿を誰かに見せられるわけもなく、ずっとここ数週間の出来事を頭の中で何度も考えていた。
ただ、そんな真守を心配して白ヶ崎や赤坂が毎日様子を伺いにきていた。それでも、真希那には誰とも話したくないと言って自室にこもっていた。
そんなある日
朝になると真希那がいつも通り部屋のドアをノックしてくるが、真守は布団の中で「今日は休む」とだけ答えて、ずっと天井を見つめていた。
スマホは電源を切ったまま。通知も見たくない。
上高の笑顔が、落ちる瞬間が、祇園の半笑いが、会長の穏やかな声が、頭の中でぐるぐる回って離れない。
今日もカーテンを閉め切った部屋は薄暗い。
布団の中で丸くなっていると、ドアが静かに開いた。
「まー君……」
真希那の声が、いつもよりずっと低い。おふざけのノリは一切ない。ただ静かにベッドの横に座ってきた。
「もう1週間だよ……ご飯もほとんど食べてないでしょ?」
真守は布団の中で小さくうなずくだけだった。
真希那はため息をついて、真守の頭を優しく撫でた。
いつもみたいに「可愛い弟〜」とか言って抱きついてくるんじゃなく、本当に心配そうな目で真守を見ている。
言葉を選ぶように、真希那は会話を続ける。
「ねえ、まー君。お姉ちゃん、全部はわかんないけど……まー君がすごく傷ついてるのはわかるよ。無理に学校行かなくていい。でも、ずっとここに閉じこもってるのも、自分を苦しめるだけだと思う。少しずつでいいから、外の空気吸おう? お姉ちゃんがついてるから」
その言葉が、胸の奥にじんわりと染みてくる。
いつもふざけてばかりの真希那が、こんなに真剣に心配してくれる。真守は、なんだか余計に申し訳なくなって、目頭が熱くなった。
「……ごめん、真希ねぇ」
「謝らなくていいよ。まー君が元気になるまで、待ってるからね」
真希那はそう言って、真守の額に軽くキスをして部屋を出て行った。
夕方になった。
インターホンが鳴った。
真守は布団から這い出して、リビングのモニターを見た。
画面に映っているのは、白ヶ崎だった。制服姿のまま、いつものポニーテールで、少し不安そうな顔をしている。
真希那がインターホンに出ようとしたが、真守は慌てて止める。
「……出なくていい。俺が話す」
真守はインターホンのボタンを押して、できるだけ平静を装った。
「白ヶ崎さん……ごめん、今日も顔を見せられない。帰ってくれないかな」
画面越しの白ヶ崎が、ちょっと驚いた顔をした。
「真守くん……1週間も学校に来てないのが心配で……どうしても顔が見たいの」
「ありがとう。でも、今は誰にも会いたくないんだ。本当に、ごめん」
白ヶ崎は少し唇を噛んで、モニター越しにじっと真守を見つめていた。
結局、深く頭を下げて、
「……わかった。また来るね、真守くん」
そう言って、ゆっくりと去っていった。
インターホンが切れた数分後、再び鳴った。
今度は赤坂だった。
小柄な体で、少し息を切らした様子。ショートカットの髪が少し乱れている。真希那がまた出ようとしたけれど、真守は同じように「出なくていい」と言った。
「赤坂先輩……ごめん。今日も顔は出せない。帰って」
インターホン越しに、赤坂の元気な声が響いた。
「だめ! 今日は絶対に帰らないから!真守、めっちゃ心配してるんだよ!」
真守が返事をする前に、赤坂はインターホンを押しっぱなしにしたまま、玄関の方へ回り込んできた。真希那がドアを開けると、赤坂は小さく頭を下げて、
「すみません! お邪魔します!」
と言いながら、ずかずかと部屋に入ってきた。
真守が慌てて布団に潜り込もうとすると、赤坂は迷わず部屋に入ってきて、ベッドの横に座った。
「真守……ずっと学校来てないって、クラスの子たちも気にしてるよ。上高さんのこと……本当に辛かったよね」
彼女の声は、いつもの駄々っ子っぽい感じじゃなくて、しっかりとした優しさがあった。
「私、入学式の日にぶつかってから、真守のことずっと気になってたんだ。少し根暗そうだけど、ちゃんと間違ってることは言える子だって思ってた。だから……今、すごく苦しんでるのも、ちゃんとわかるよ」
赤坂先輩は俺の布団の端を軽く握って、続けた。
「無理に学校来いとは言わない。でも、1人で抱え込まないで。私も、白ヶ崎さんも、みんな心配してるよ。少しずつでいいから、外に出てみない?私が一緒にいるから。大丈夫だよ」
その言葉が、胸の奥に温かく広がった。
1週間ずっと暗い部屋に閉じこもっていた俺の目が、初めて少しだけ"覚めた"気がした。
「……赤坂先輩。
ありがとう……」
俺は布団の中で小さく呟いた。
赤坂先輩はにっこり笑って、俺の頭を優しく撫でた。
「うん。いつでも来るからね、真守。待ってるよ」
夕陽がカーテンの隙間から差し込んで、部屋を少しだけ明るく照らしていた。




