222話 俺×報告=したくありません。
222話 俺×報告=したくありません。
特待生寮の廊下を歩きながら、真守は大きく息を吐いた。
疲れた。
心の底からそう思う。
赤坂の件で施設まで行き、帰りには意味の分からない少女に付きまとわれ、最後は咲宮に怒鳴られる。
情報量が多すぎた。今日は一日が長かった気がする。
部屋の前に立ち、鍵を取り出す。
ようやく帰れる。そう思いながら扉を開けた瞬間だった。
ガチャ。
「真守くん!」
慌ただしい足音が響く。
パタパタと駆け寄ってきたのは白ヶ崎だった。
真守は思わず目を丸くする。
「咲音?」
「咲音じゃない」
「いや咲音だけど」
「そういうことじゃない」
少し怒っている。だが、本気で怒っている訳ではない。どちらかと言えば心配している時の顔だった。
「遅かったから」
白ヶ崎はそう言う。
「連絡も無かったし」
「……ごめん」
素直に謝る。
今日は本当に色々あった。
施設に行き、赤坂と話し、その帰りに白彼岸と出会った。
簡単に説明しようとするが、結局、長く話してしまった。
「心配した」
白ヶ崎は小さな声でそう言った。
真守は少しだけ視線を逸らす。
こういう時、どう返せばいいのか分からない。ただ、悪い気はしなかった。
「ただいま」
だからそう返した。
白ヶ崎は一瞬だけ目を瞬かせる。それから少しだけ表情を緩めた。
「……おかえり」
そのやり取りを聞いていた真希那がリビングから顔を出した。
「うわ、なに今の」
「なにが」
「新婚?」
「違う」
即答だった。
「いや、もう夫婦みたいだったじゃん」
「違う」
「違う」
二人同時だった。
真希那が吹き出す。
「息ぴったりじゃん」
「真希ねぇ、うるさい!」
「はいはい」
真希那は肩を竦める。
そして興味津々な顔で真守を見る。
「それで?」
「なにが」
「その子」
真守は少し考えた。
どの子かすぐ分かる。
「白彼岸のことか」
「そうそう」
真希那が身を乗り出す。
「どんな子だったの?」
「どんなって……」
説明が難しい。
真守はソファへ腰を下ろしながら改めて、今日の出来事を話し始めた。
白彼岸と出会ったこと。同じ中学だったと言われたこと。高校に入ってから探していたこと。会話が全く成立しなかったこと。特待生寮までついて来たこと。咲宮に追い返されたこと。
話を聞き終えた真希那は数秒黙り込んだ。
そして。
「怖っ」
率直だった。
「だろ」
「怖っ!」
二回言った。
「なにその子」
「俺も分からん」
「ストーカー?」
「多分」
「多分?」
「俺もよく分かってない」
真守がそう言うと真希那は頭を抱える。白ヶ崎も隣で静かに聞いていた。
「で?」
真希那がニヤニヤしながら聞く。
「可愛かった?」
真守は少しだけ考えた。
可愛いか、そう言われると違和感がある。
「可愛いっていうか」
「うん」
「整ってた」
真希那が反応する。
白ヶ崎も反応する。
「整ってた?」
「人形みたいだったな」
正直な感想だった。
白い肌、長い黒髪、整った顔立ち。確かに綺麗ではあった。だが、それ以上に怖かった。
「へぇー」
真希那が面白そうに笑う。
「整ってたんだぁ」
「?」
真守は首を傾げる。
何が面白いのか分からない。
すると横で白ヶ崎が静かにお茶を飲んだ。ほんの少しだけ。そして、無言になる。
真守は気付かない。だが真希那は気付いた。だから余計に面白そうな顔になる。
「ちなみに」
真希那が言う。
「咲音ちゃんとどっちが可愛い?」
真守は即答した。
「咲音だろ」
一秒も掛からなかった。
真希那が固まる。
白ヶ崎も固まる。
「即答じゃん」
「だって聞かれたから」
「いやそうだけど」
真希那が思わず笑う。
横を見る。白ヶ崎は無表情だった。だが、耳だけ少し赤い。
「……」
「咲音?」
「なんでもない」
機嫌は戻ったらしい。
次は、真希那だけが少しだけ不機嫌そうな顔をしている。
「チッ」
「なんで舌打ちした」
「別に」
意味が分からない。
真守は本気で意味が分からなかった。
しばらくそんなやり取りが続いた後、白ヶ崎がふと真面目な顔になった。
「その子」
「ん?」
「大丈夫なの?」
真守は少し考える。
咲宮の言葉を思い出した。
放っておいたら駄目な子。確かにそうかもしれない。手首の傷、焦点の合わない視線、噛み合わない会話。どれも普通ではなかった。
「分からない」
真守は正直に答える。
「でも」
言葉を探す。
「悪意があるようには見えなかった」
白ヶ崎は静かに頷いた。
「そうね」
短い言葉だった。
だが、その一言で十分だった。同じことを感じていたのだろう。怖かった。それでも、放っておけない。そんな感覚。
真希那も珍しく茶化さなかった。
「変な子だね」
それだけ言う。
やがて夜は更けていく。風呂に入り、それぞれが寝る準備を始める。
真守もベッドへ横になった。
目を閉じる。だが、眠れない。自然と、白彼岸の顔が浮かぶ。
長い黒髪、眠そうな目。
『楽々浦様ぁ』
思い出す。そして目を開ける。そのまま、天井が見える。
「……」
意味が分からない。
だが、自分の考えるべきことは別にあった。赤坂、会長、施設、今日の電話。そして、明日の報告。
「……」
正直、したくなかった。会長を信用していない。だからこそ伝えたくない。だが伝えなければもっと面倒なことになる。逃げることも出来ない。
真守は小さく息を吐いた。そしてそのまま眠りについた。
翌朝、目覚めは悪くなかった。途中で何度か目が覚めた気もするが、不思議と身体は軽い。
朝食を食べ、白ヶ崎と登校する。いつもの通学路、いつもの学校、いつもの景色。
けれど。
頭の中だけは全くいつも通りではなかった。
白彼岸、赤坂、会長と考えることが多すぎる。そんなことを考えているうちに校舎へ到着する。
そのまま授業を終え、放課後になると真守は一人、生徒会室の前へ立っていた。
扉を見る。
この向こうに会長がいる。
報告を待っている。だが、できればしたくなかった。だが逃げる訳にもいかない。
真守は小さく息を吐く。
そして。
生徒会室の扉へ手を掛けた。
ガラッ──。




