表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
最終章 俺×愛の形=それぞれの道へ進みます。〜答え合わせ編〜
PR
222/224

221話 俺×同行=許可してません。

「楽々浦様と一緒だからぁ」


白彼岸がそう言った瞬間、真守は初めて本気で寒気を覚えた。


夕暮れの商店街、人通りは少なくない。


買い物帰りの主婦や学生達が行き交い、どこにでもある日常の景色が広がっている。なのに、目の前にいる少女だけが、その景色から切り離されているように見えた。


「……」


真守は何も言えなかった。


言葉が見つからない。


白彼岸は相変わらず笑っている。嬉しそうに、本当に嬉しそうに、それが余計に怖かった。


「帰れ」


しばらくして真守が言う。


白彼岸は素直に頷いた。


「帰るよぉ」


「じゃあなんでついてくる」


「帰り道だからぁ」


「どこが」


「分かんなぁい」


真守は頭を抱えた。


葵も横で額を押さえている。


「白彼岸さん」


「うん?」


「本当に家ある?」


葵が聞く。


すると白彼岸は少しだけ考えた。


「あるよぉ」


「どこ?」


「知らなぁい」


「いや絶対知ってるでしょ」


「えへへぇ」


その瞬間だった。真守は気付く。今、初めて誤魔化したと。


今までの白彼岸は意味不明ではあったが、嘘を吐いている感じはなかった。覚えていないなら覚えていない。分からないなら分からない。そう答えていた。


けれど今の笑い方は違う。


「お前今誤魔化しただろ」


「ばれたぁ」


悪びれた様子もなく笑う。


真守は深くため息を吐いた。


本当に調子が狂う。怒るべきなのか、呆れるべきなのか、それすら分からない。


白彼岸はそんな真守を見ている。


ずっと見ている。会話の途中でも、歩いている途中でも、考えている時でさえ。まるで視線を外すという選択肢が存在しないみたいだった。


真守が前を見る。白彼岸は見ている。真守が葵を見る。白彼岸は見ている。真守が振り返る。やっぱり見ている。


その視線には敵意も悪意もない。


ただ、重かった。


「楽々浦様ぁ」


「なんだよ」


「高校楽しいぃ?」


「またその話か?」


「気になってるからぁ」


「普通もっと聞くことあるだろ」


「そうなのぉ?」


本当に不思議そうだった。


葵が小さく息を吐く。


「普通はそうだと思うよ」


「ふーん」


白彼岸は頷く。だが、その後に続く言葉は無かった。


興味を失ったらしい。会話が終わっている。真守は思わず苦笑した。


ここまで会話が成立しない相手は初めてだった。


「なぁ」


真守が聞く。


「改めて聞くけど、俺のことどれくらい知ってるんだ」


白彼岸は少し考えた。


「名前ぇ」


「うん」


「顔ぉ」


「うん」


「同じ中学ぅ」


「うん」


「それくらいぃ」


「本当にそれだけか?」


「うん」


即答だった。


「そんなんで、よく会いに来たな」


「会いたかったからぁ」


「だからなんで」


「分かんなぁい」


やっぱりそこへ戻る。


真守はもう何度目か分からないため息を吐いた。横を見ると、葵も同じ顔をしていた。


「白彼岸さん」


葵が再び口を開く。


「聞きたいことあるんだけど」


「うん?」


返事はする。


けれど視線は真守から動かない。


「楽々浦くんのどこが好きなの?」


数秒。


白彼岸は考える。


本当に考える。


「分かんなぁい」


「好きなんでしょ?」


「たぶんねぇ」


「たぶん?」


「うん」


葵が眉をひそめる。


流石に少し苛立っているのが分かった。


「人を好きになる理由くらいあるでしょ」


「そうなのぉ?」


「普通はね」


「へぇ」


完全に会話が終わりだった。葵の説明も説得も何も届いていない。


「……」


少しだけ怖くなった。


そんなやり取りを続けているうちに、三人は特待生寮の前まで来ていた。


ガラス張りのエントランス、暖かな照明、見慣れた建物、やっと帰って来た。


真守は少しだけ安心する。だが、その安心はすぐに消えた。白彼岸も当然のようについてきていたからだ。


エントランス前、白彼岸はぴたりと足を止める。まるで見えない線でも引かれているみたいに。


そこから先へは進まない。ただ立っている。そして見ている。やっぱり真守を。


「……」


「……」


沈黙。


妙な空気だった。


その時だった。


「楽々浦ぁぁぁぁぁ!!」


聞き慣れた怒声が響く。


真守の肩が跳ねた。


葵も驚いて振り返る。


エントランスから出てきたのは寮母の咲宮だった。


「あんたまた何してるの!?」


「いや違います!」


反射的に否定する。


だが咲宮は聞いていない。


「今度は他校の女の子連れ回して!」


「違います!」


「違わないでしょ!」


「本当に違います!」


完全に疑われていた。


いつものことだった。


白彼岸はその様子を見ていた。しばらく見て、それから、ふわりと笑った。


「楽々浦様ぁ」


「なんだよ」


「怒られてるぅ」


嬉しそうだった。


「お前のせいだろ!!」


思わず叫ぶ。


白彼岸はさらに笑う。葵まで吹き出しそうになっていた。


だが、そこで咲宮の表情が変わった。


最初は真守しか見ていなかった。いつもの騒ぎだと思っていた。けれど改めて白彼岸を見る。


長い黒髪、白い肌、華奢な身体。そして、制服の袖から覗く手首。

咲宮の目が止まる。空気が変わった。さっきまでの勢いが少しだけ消える。


「……」


咲宮は黙った。


白彼岸は気付いていない。


ただ立っている。まるで傷を隠す気が無いみたいに。それが逆に不自然だった。


咲宮は小さく眉をひそめる。手首の傷が気になったのか、それともあの少女の目が気になったのか。真守には全ては分からなかったが、少なくとも先程までの『また楽々浦が問題を起こした』という空気は消えていた。


「あのね」


先程までの勢いはどこへ行ったのか、咲宮は少しだけ声を落として問いかけた。


「家はどこ?」


「あるよぉ」


「帰れる?」


「たぶんねぇ」


「たぶん?」


「うん」


白彼岸は笑う。


「大丈夫ぅ」


その笑顔に咲宮は少しだけ眉をひそめた。


そして。


「今日は帰りなさい」


優しい声だった。叱る声ではない。それは、諭す声だった。


白彼岸は少し考える。


それから。


「分かったぁ」


意外なほど素直だった。


「今日は見つかったしぃ」


意味の分からないことを言う。真守も葵も咲宮も意味が分からない。


けれど、なぜか少しだけ怖かった。


白彼岸はゆっくり後ろを向く。そして数歩歩いたところで振り返った。


「楽々浦様ぁ」


「なんだ」


「またねぇ」


「来るな」


即答だった。


白彼岸は少し考える。数秒、それから嬉しそうに笑った。


「考えとくぅ」


そう言って歩き出す。


長い黒髪が夕暮れに溶ける。


やがて人混みの中へ消えていった。


白彼岸の姿が完全に見えなくなってからも、その場には妙な静けさが残っていた。


夕暮れの風だけが吹いている。


ほんの数分前まで騒がしかったはずなのに、不思議と誰も口を開かなかった。


最初にその沈黙を破ったのは咲宮だった。


「楽々浦」


「はい」


「本当に知らない子?」


真守は即答する。


「知らないです」


それだけは自信を持って言えた。


「名前以外何も分かりません」


咲宮はしばらく黙ったまま、白彼岸が消えた方向へ視線を向けていた。


「そう」


短い返事だった。


「変な子だったわね」


「ですよね」


真守も苦笑する。


「でも」


咲宮は小さく息を吐く。


「あの子、悪い子には見えなかったわ」


真守は黙る。


それは同意できる。


「ただね」


咲宮が続ける。


「放っておいたら駄目な子には見えた」


その言葉に真守は何も返せなかった。


手首の傷、焦点の合わないような視線、妙に噛み合わない会話。咲宮も同じものを見ていたのだろう。


「……そうですね」


それだけ答える。


咲宮は少しだけ真守を見る。


「もしまた来たら私を呼びなさい」


「え?」


「楽々浦一人じゃ話にならないでしょ」


否定できなかった。


実際、話にならなかった。


「まったく」


咲宮が呆れたように言う。


「なんであなたの周りにはこういう子ばっかり集まるのよ」


「俺が聞きたいです」


本気だった。


咲宮は小さく笑う。


「今日はもう休みなさい」


「はい」


「お疲れ様」


そう言い残して咲宮は寮の中へ戻っていった。


残されたのは真守と葵だけだった。女子寮は隣にある。歩いて数十秒も掛からない。


「じゃあ私も帰るね」


葵が言う。


「今日はありがとうごさいました」


「いえ」


葵は柔らかく笑った。


だが、その笑顔の奥には少しだけ疲労が見えた。


流石に白彼岸との会話は消耗したらしい。


「それと」


「はい」


葵は少しだけ真剣な顔になる。


「気を付けてね、楽々浦くん」


「何をですか」


思わず聞き返す。


すると葵は困ったように笑った。


「全部」


即答だった。


真守もつられて笑う。


「雑ですね」


「そうかも」


葵も笑う。


それから小さく手を振った。


「じゃ、おやすみ」


「おやすみなさい」


葵は女子寮へ向かう。


数歩進み、一度だけ振り返る。


そしてもう一度小さく手を振ると、そのまま建物の中へ消えていった。


一人になる。特待生寮のエントランスには静かな夜の空気が流れていた。


真守はガラス越しに外を見る。


当然、白彼岸はいない。もう帰った。帰ったはずだ。なのに、まだどこかから見られているような気がした。


長い黒髪、眠そうな目、ずっと自分を見続けていた視線。思い出すだけで妙な寒気が走る。


気持ち悪いと、正直そう思う。怖いとも思う。それなのに、なぜだろうか。本当に少しだけ、あの少女のことが気になっていた。


白彼岸 天音。


同じ中学だったらしい少女。高校に入ってからずっと探していた少女。そして、何も知らないはずなのに会えたことだけを心から喜んでいた少女。


「……何なんだよ」


小さく呟く。


返事はない。


ただ、妙な胸騒ぎだけが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ