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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
最終章 俺×愛の形=それぞれの道へ進みます。〜答え合わせ編〜
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221/224

220話 俺×既知=知らないはずです。

「……いや」


真守は思わず額を押さえた。


夕暮れの駅前。人通りは多い。学校帰りの学生もいれば、仕事帰りの会社員もいる。


騒がしいはずだった。けれど今だけは妙に静かに感じる。


目の前にいる少女のせいだった。


白彼岸 天音。


さっき名乗ったばかりのその名前を頭の中で反芻する。だが、何度考えても思い出せない。


同じ中学だったらしい、自分を探していたらしい、そして今、まるで昔からの知り合いみたいな顔でこちらを見ている。


「ほんとに誰なんだよ」


率直に聞く。


白彼岸は少しだけ首を傾げた。姫カットの黒髪がさらりと揺れる。


「白彼岸だよぉ」


「そうじゃなくて」


「天音ぇ」


「名前じゃねぇよ」


「うーん?」


白彼岸は考える。


本当に考えているらしい。


数秒。


十秒。


駅前の雑踏だけが耳に入る。その間も白彼岸の視線は一度も逸れない。


ずっと真守を見ていた。


瞬きが少ない。見つめるというより観察に近い。いや、それとも違う、もっと別の何かだった。


「楽々浦様のお知り合いぃ?」


自信なさげに言った。


「俺が聞いてるんだよ!」


思わずツッコむ。


すると白彼岸は少しだけ目を丸くした。


驚いたような顔だった。けれど次の瞬間には、なぜか嬉しそうに笑っている。


理由は分からない。


「同じ中学だったんだよな?」


「そうだよぉ」


「何組だった」


「覚えてなぁい」


即答だった。


真守は言葉を失う。


「は?」


「覚えてなぁい」


同じテンションで繰り返される。


嘘をついているようには見えない。本当に覚えていないらしい。


「じゃあ部活は?」


「入ってなかったぁ」


「俺と話したことは」


「ないよぉ」


「じゃあなんで俺のこと知ってるんだよ」


「見てたからぁ」


「どこで」


「学校ぉ」


「学校のどこで」


「色んなとこぉ」


「答えになってねぇ!」


真守が頭を抱える。


白彼岸は困ったように笑った。だが、その表情はどこかおかしかった。


誤魔化している訳ではない、適当に答えている訳でもない、本気で答えている。本気で思い出そうとしている。その上で答えられない。


そんな風に見えた。


「高校入ってから探してたんだよな」


「うん」


「なんで」


「うーん」


白彼岸は少し考える。


夕焼け空を見上げる。何かを思い出そうとしているみたいだった。


「会いたかったからぁ」


「だからなんで」


「分かんなぁい」


即答だった。


真守は言葉を失う。


意味が分からない。


好きだから、憧れてるから、助けられたから、そういう理由ならまだ分かる。


だが白彼岸は違った。


会いたかった、でも理由は分からない。その答えに嘘は感じない。だから余計に不気味だった。


「おかしいだろ……」


真守が呟く。


白彼岸は嬉しそうに頷いた。


「うん」


「うんじゃねぇよ」


「でも会えたからぁ」


「だからなんなんだよ」


「うれしいなぁ」


真守は本気で頭が痛くなってきた。すると隣で見ていた葵が苦笑する。


「白彼岸さんって面白いね」


その言葉に白彼岸は反応しない。視線は真守のままだった。


葵が少し首を傾げる。


「白彼岸さん?」


反応なし。


「聞いてる?」


白彼岸がゆっくり瞬きをした。それから少しだけ首を傾げる。


「うん?」


やっと反応した。


「聞いてる?」


葵がもう一度聞く。


「聞いてるよぉ」


「じゃあ私なんて言った?」


数秒、白彼岸が考える。


やがて。


「覚えてなぁい」


真顔だった。


真守が固まる。


葵も固まる。


そして数秒後。


「……は?」


葵が眉をひそめた。


珍しかった。葵は基本的に怒らない。だが、今は明らかに機嫌が悪い。


白彼岸はそんなことに気付いていない。いや、気付いていても優先順位が違うのかもしれない。

視線はまた真守へ戻っていた。まるで葵が背景になったみたいに。


「あなたねぇ……」


葵が呆れたように言う。


「ごめんねぇ」


白彼岸は素直に謝る。


「本当に聞いてなかったぁ」


「いや、そこは分かってる」


「ごめんねぇ」


謝っている。


本当に申し訳なさそうでもある。だが、次の瞬間にはまた真守を見ている。


「楽々浦様ぁ」


「なんだよ」


「高校楽しいぃ?」


「は?」


話が飛んだ。


葵が額を押さえる。


「いや、だからさ」


「うん?」


「人の話聞いてる?」


「聞いてるよぉ」


「じゃあ今何の話してた?」


「楽々浦様の話ぃ」


「違う」


「違うのぉ?」


本気で不思議そうだった。


真守は少しだけ理解した。白彼岸は自分達と会話していない。いや、会話はしている。だが認識の仕方が違う。葵の言葉も聞こえている。けれど頭に残らない。


興味がないから。


まるで必要な情報だけを拾っているみたいだった。


「なぁ」


真守が聞く。


「俺のことどれくらい知ってるんだ」


白彼岸は少し考えた。


「名前ぇ」


「うん」


「顔ぉ」


「うん」


「同じ中学ぅ」


「うん」


「それくらいぃ」


「それだけ?」


「うん」


即答だった。


「じゃあなんで探してたんだよ」


「会いたかったからぁ」


「戻るな!」


白彼岸は少しだけ笑う。


その笑顔を見て真守は思う。やっぱり分からない。この少女が何を考えているのか、何を求めているのか、何一つ分からない。


ただ一つだけ分かることがある。


悪意はない。敵意もない。それなのに、妙に怖かった。


しばらくして真守は諦めた。これ以上話しても埒が明かない。何も分からない、むしろ混乱するだけだ。


「……もういい」


「いいのぉ?」


「いい」


真守は深くため息を吐いた。


「帰りましょう、葵先輩」


「賛成」


葵も即答だった。


むしろ少し疲れた顔をしている。


二人はそのまま歩き出した。


白彼岸はその場に立ったまま。だから終わったと思った。そう思っていた。


駅前を離れ、商店街へ入る。


夕方の空は少しずつ暗くなり始めていた。


その時、真守はふと違和感を覚える。誰かの視線を感じ、ゆっくり振り返る。


そこにいたのは、白彼岸だった。


数メートル後ろ。一定の距離を保ったまま歩いている。こちらが止まれば止まる。歩けば歩く。ただそれだけ。


「……何してる」


白彼岸も止まった。


「帰るのぉ」


「どこに」


少し考える。


本当に少しだけ考えてから。


「分かんなぁい」


と笑った。


真守は頭を抱える。


「じゃあなんでついてくる」


再び沈黙。


白彼岸は真守を見る。ずっと見ていた目で。それから、心底嬉しそうに微笑んだ。


「楽々浦様と一緒だからぁ」


その答えを聞いた瞬間、真守は初めて、本気で寒気を覚えた。

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