219話 俺×同級生=覚えていません。
「久しぶりぃ……」
夕暮れの駅前、人の流れは絶えない。改札から出てくる人、待ち合わせをしている人、仕事帰りの大人達。そんな雑踏の中で、その少女だけが妙に浮いて見えた。
真守は思わず足を止める。
少女は自分を見ている。
まっすぐ、迷いなく。まるで最初からそこにいることを知っていたみたいに。
長い黒髪。腰まで届くほどのロングヘア。綺麗に切り揃えられた姫カット。白い肌。整いすぎている顔立ち。
ぱっと見だけなら人形みたいな美少女だった。
だが、その印象を壊すものがあった。
制服の袖から覗く手首。そこに薄い傷跡が見える。一本や二本ではない。古いもの、比較的新しいもの、無意識に目が向いてしまう。
少女は隠そうともしなかった。まるで気にしていないみたいに。
「……誰だ?」
率直に聞く。
少女は少しだけ目を丸くした。それから困ったように笑う。
「えぇ……」
間延びした声。
どこか眠そうな声。
「忘れちゃったのぉ……?」
責めるような口調ではなかった。
本当に残念そうだった。
「覚えてないから聞いてるんだけど」
「うん、知ってるぅ」
即答だった。
意味が分からない。
少女は小さく頷く。まるで最初から分かっていたみたいに。
「だから探してたのぉ」
「……探してた?」
「うん」
少女は頷く。
本当に当たり前みたいに。
「高校入ってからぁ、ずっと探してたんだよぉ」
真守の眉が寄る。
言っていることが怖い。
だが、本人にはその自覚が全く無いらしい。
「楽々浦様がどこの高校行ったか分からなくてぇ、大変だったなぁ」
嬉しそうですらあった。まるで探し物がようやく見つかった子供みたいに。
「だから誰なんだよ」
「あっ」
少女が小さく声を漏らす。
「まだだったぁ」
少しだけ姿勢を正した。
それが妙に丁寧だった。
「白彼岸」
柔らかく笑う。
「白彼岸 天音ですぅ」
初めて名前を聞く。
真守は記憶を探る。
中学時代、クラスメイト、部活、委員会、何か引っ掛からないか探す。
だが、何も出てこない。本当に知らない。
「……覚えてない」
正直に言う。
白彼岸は悲しそうな顔をするかと思った。
だが違った。
「あはぁ」
少しだけ笑う。
「知ってるぅ」
やっぱり意味が分からない。
その時だった。
「楽々浦くん!」
後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
振り返る。
改札の方から葵が走ってくる。
施設から帰る途中で別れたはずだった。どうやらまだ駅の近くにいたらしい。
「どうしたんですか」
「なんか変な空気だったから」
少し息を切らしながら言う。
そして、葵も初めて白彼岸を凝視する。
「……」
表情が止まる。
一瞬だけだった。
けれど真守は気付いた。
葵が警戒している。理由は分からない。ただ、本能的な何かだった。
白彼岸はそんな葵をじっと見つめていた。
何も言わない。
ただ見ている。
数秒。
そして、十秒。
流石に居心地が悪くなるほどだった。
「……?」
葵が首を傾げる。
すると、白彼岸がふわりと微笑んだ。
「もしかしてぇ」
間延びした声。
「彼女さん?」
真守が固まる。
葵も固まる。
そして次の瞬間。
「違うわよ」
即答だった。
迷いも無い。
「そういう関係じゃないから」
すると、白彼岸の顔がぱっと明るくなる。本当に安心したみたいに、胸を撫で下ろす。
「よかったぁ」
心の底から安堵した声だった。
「余計な仕事が増えるところだったぁ」
「……は?」
真守が聞き返す。
葵も眉をひそめる。
だが白彼岸は気にしていない。
「うんうん」
何度も頷く。
「本当によかったぁ」
「いや、何の話だよ」
「秘密ぅ」
白彼岸が笑う。
真守と葵は顔を見合わせた。
会話になっているようでなっていない。質問しても答えない。だが嘘をついている感じもしない。
余計に気味が悪かった。
「……」
葵は白彼岸から目を離さない。その表情は少しだけ引き攣っていた。
流石の葵でも、この少女は理解できないらしい。
白彼岸はそんなことを気にした様子もない。むしろ楽しそうだった。
「それにしてもぉ」
白彼岸が真守を見る。
本当に嬉しそうに。
「見つかってよかったなぁ」
その言葉だけは、妙に重かった。
真守は思わず黙る。
白彼岸の目は笑っている。
だが、その奥にある感情だけは読めなかった。まるで何年も探し続けた宝物を見つけた人みたいに。
そんな目だった。
そして白彼岸は小さく首を傾げる。
長い黒髪が揺れる。
「楽々浦様ぁ」
柔らかい声。
優しい声。
なのに。
なぜだろう。
少しだけ寒気がした。
「これからいっぱいお話しようねぇ」
夕暮れの駅前。
人通りは多いはずなのに、真守はなぜか、自分だけが妙に静かな場所へ立たされたような気がしていた。




