218話 俺×再会前=まだ終わってません。
生徒会室を出た後も、会長の言葉が頭から離れなかった。
『僕に逆らったらどうなるか、分かってるよね?』
あの笑顔、あの目、思い出すだけで胃が重くなる。
校舎を出て寮へ戻り、施設へ向かう準備を整える。
鞄を肩に掛け、スマホを確認する。時刻は昼前。今から向かえば夕方前には戻れるだろう。
「……」
小さく息を吐く。
赤坂の事、今日で何か変わるだろうか。会える保証はない。それでも行くしかなかった。
そんなことを考えていた時だった。
スマホが震え、画面を見る。着信は葵からだった。
「……葵先輩?」
少し意外だった。
通話ボタンを押す。
「もしもし」
『あ、出た』
聞き慣れた声。
どこか安心する声だった。
『今忙しかった?』
「いや」
真守は首を振る。
「今から出掛けるところでした」
『出掛ける?』
少しだけ声色が変わる。
『どこに?』
真守は少し迷った。
だが隠す必要もない。
「赤坂先輩のところです」
数秒、電話の向こうが静かになる。
『……そっか』
葵は小さく呟いた。
そして。
『私も行く』
「は?」
思わず聞き返す。
『会える保証ないでしょ』
「まぁ……」
『一人より二人の方がいいよ』
当然のような口調だった。
『それに』
少しだけ笑う。
『私、施設の人と仲良いし』
「どうしたらそこまでの関係になれるんですか?」
『えへへ』
誤魔化された。
理由は分からなかったが、断る理由もなかった。結局、駅で待ち合わせることになる。
その前に、真守は教室へ向かった。白ヶ崎に伝えておきたかったからだ。
教室へ入ると、白ヶ崎は窓際で本を読んでいた。
真守に気付くと顔を上げる。
「どうしたの?」
「今から施設に行く」
白ヶ崎の表情が少し変わる。
「……そう」
「葵先輩も一緒」
その瞬間だった。
白ヶ崎の眉が僅かに動く。本当に僅かだった。だが真守は気付かない。
「二人で?」
「うん」
「……そっか」
少しだけ間、それから白ヶ崎は小さく息を吐いた。
「ちゃんと報告してくれてありがとう」
「え?」
「何でもない」
そう言って微笑む。少しだけ無理をしているようにも見えた。
「いってらっしゃい」
「……ああ」
真守は頷いた。
そのまま教室を出る。
残された白ヶ崎は窓の外を見ながら小さく頬を膨らませた。
「……二人で、か」
誰にも聞こえない声だった。
駅へ着くと、既に葵が待っていた。
私服姿だった。いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ」
葵が笑う。
二人で電車へ乗り込む。車内は比較的空いていた。並ぶように座る。
次第に、会話が始まる。最初は赤坂の話だった。だが、そればかりだと空気が重くなる。
自然と話題は別の方向へ移った。
「そういえば」
葵が真守を見る。
「付き合ってどう?」
「……何がですか」
「白ヶ崎さんと」
真守が固まる。
葵は少しだけ笑った。
「そんな反応するんだ」
「まだ慣れてなくて……」
「ふふ」
葵は本当に楽しそうだった。前のような寂しさも、辛そうな様子もない。
それを見て少しだけ安心する。
「白ヶ崎さん大事にしなよ?」
「……はい」
「よろしい」
葵は満足そうに頷いた。
施設へ到着する。見慣れた建物だった。だが、以前来た時よりも緊張する。
受付へ向かう。
けれど、結果は予想通りだった。面会は断られる。
「申し訳ありません」
職員が頭を下げる。
真守は小さく息を吐いた。やはり難しい、そう思った時だった。
「あのー」
葵が前へ出る。
柔らかい笑顔。いつもより少しだけ猫を被っている気がした。
「電話だけでもダメですか?」
職員が困った顔をする。
葵はさらに畳み掛ける。
「お願いします」
「いや、その……」
「お願いします」
「……」
真守は唖然とした。
数分後、電話を繋いでもらえた。意味が分からなかった。
「なんでですか」
「愛嬌」
「怖いです」
「失礼だなぁ」
葵が笑う。
しばらくして、受話器の向こうから声が聞こえた。
『……もしもし』
赤坂だった。
久しぶりに聞く声。だが以前より弱々しい。疲れているようにも聞こえた。
真守は少しだけ目を閉じる。
「赤坂先輩」
『……真守か』
「……はい」
短い沈黙。
真守はゆっくり口を開いた。
「まず謝らせてください」
『……』
「俺」
言葉を探す。
「赤坂先輩の話をちゃんと聞かなかった」
二人が最後に面と向かってしたやり取り。拒絶、突き放した言葉、それらを全部思い出す。
「勝手に決めつけてました」
『……』
「すみませんでした」
電話の向こうは静かだった。
やがて。
『ううん』
小さな声。
『いいよ』
それだけだった。
その一言が妙に胸に刺さる。
真守は話を続けた。
会長のこと、最近の異常な行動、生徒会で起きていること、全部。
赤坂は黙って聞いていた。
そして。
「赤坂先輩の居場所」
真守が言う。
「教えてもいいですか?そうしないと生徒会のメンバーたちが──」
『……いいよ』
即答だった。
真守は驚く。
『でも』
少しだけ間。
『捕まったらどうしようとか、心配しないで』
「え?」
『私には当てがあるから』
意味が分からない。だが赤坂はそれ以上説明しなかった。
真守はもう一つ聞く。
「会長と昔何があったんですか」
沈黙。
少しだけ長い沈黙だった。やがて赤坂が口を開く。
『小学生の頃』
「……」
『出会った』
短い言葉だった。
『でも』
少しだけ笑う。
どこか悲しそうな笑みだった。
『私は何もしてない』
「……」
『向こうが勝手に嫌っただけ』
それ以上は続かなかった。
真守はさらに聞こうとする。
だが。
『やっぱり』
赤坂が言う。
『この話はやめとく』
「先輩?」
『長くなるから』
そして。
『またね』
通話は切れた。
結局、疑問は増えただけだった。それでも前進はした。そう思うしかない。
施設を後にする。
帰りの電車。
葵と別れた後、真守は一人で駅を歩いていた。夕方だった。人混みの中を進む、その時だった。
「……」
誰かが立っている。
女の子だった。
見覚えのない制服。
黒髪、腰まで伸びた長い髪、綺麗に揃えられた姫カット、やけに細い。
そして、袖から覗く手首には、薄い傷跡が見えた。
「……?」
真守が足を止める。
すると少女が顔を上げる。
目が合う。
その瞬間、ふわりと笑った。
「やっと見つけたぁ……」
力の抜けた声、眠そうな声、なのに妙に耳に残る。
「探したんだよぉ……?」
真守は首を傾げる。
知らない。
少なくとも会った記憶はない。だが、少女は当たり前のように続けた。
「楽々浦様ぁ」
名前を呼ばれる。
真守の動きが止まる。
その横で、偶然まだ改札付近に残っていた葵の表情も僅かに強張った。
知らない少女。
なのに、その視線だけは異様だった。まるでずっと前から知っているみたいに。
少女は嬉しそうに笑う。
「久しぶりぃ……」
真守には、その言葉の意味が分からなかった。




