217話 俺×味方=まだ残っていました。
昨夜は何度も目が覚めた。アリスと黒ヶ峰から聞かされた話が頭から離れなかったからだ。
会長、赤坂、盗聴器、監視カメラ、生徒会。どれも現実味が薄い話だったはずなのに、今では全部が現実として目の前にある。
隣を見る。白ヶ崎が静かに歩いている。いつも通りだった。けれど、昨日までとは少し違う。
手を伸ばせば届く距離にいるだけで、不思議と気持ちが落ち着く。
だからこそ思う。
絶対に巻き込みたくない。守りたい。そんなことを考えながら学校へ向かっていた。
教室へ入った瞬間だった。
空気がおかしい。妙に騒がしい。いつもの朝の雑談とは違う。
何人もの生徒がスマホを見ている。そして、その視線が一斉に真守へ向いた。
「……?」
嫌な予感がした。
次の瞬間、神宮丸が走ってきた。
「楽々浦!」
「なんだよ」
「大丈夫か!?」
いきなり肩を掴まれる。
真守は思わず眉をひそめた。
「何が」
「これだよ!」
神宮丸がスマホを突き出す。
画面を見る。
そして。
「……あぁ」
思わず目を閉じる。
例の動画だった。
繁華街、不良達、土下座する自分。最悪だった。しかも再生回数が妙に伸びている。
「これお前だろ!?」
「俺だな」
「なんでそんな冷静なんだよ!」
神宮丸が叫ぶ。
だが、予想していなかったわけではない。撮影されていた。だから拡散もされると思っていた。ただ、予想外だったのは周囲の反応だった。
「でもさ」
後ろの男子が言う。
「白ヶ崎を守るためだったんだろ?」
「そうらしいな」
「なら別によくね?」
「俺もそう思う」
次々に声が上がる。
真守は少しだけ目を見開いた。
すると神宮丸が振り返る。
「おーい石井!」
教室の奥から一人の男子が歩いてくる。
真面目そうな黒髪、整った制服。B組の特待生枠の石井だった。
正直あまり話したことはない。
石井は真守の前まで来ると静かに口を開いた。
「楽々浦」
「……あ、うん」
少しだけ気まずい。
すると石井は真っ直ぐ真守を見る。
「君のやったことは正解じゃないかもしれない」
「……」
真守は黙る。
「でも」
石井は続ける。
「守ろうとした相手は間違っていない」
教室が静かになる。
「だから安心してくれ」
石井が言った。
「君のことは僕が庇う」
真守が目を瞬かせる。
石井はさらに続けた。
「クラスの男子には僕から話を通しておく」
その声に迷いは無かった。
「少なくとも僕達は、君を笑う気はない」
真守は言葉を失う。
すると今度は女子側から声が飛ぶ。
「それ、女子もだから」
振り返る。
白ヶ崎とよく話している女子生徒だった。腕を組みながらこちらを見ている。
「咲音ちゃん泣かせたら、楽々浦でも許さないけど」
「おい」
神宮丸がツッコむ。
「今そこじゃないだろ」
「大事なことでしょ」
女子生徒は肩をすくめた。
それから白ヶ崎を見る。
「それと、咲音ちゃんは女子全員で守る」
「……え?」
白ヶ崎が固まる。
「だから安心しな」
他の女子達も頷く。
「そうそう」
「うちら味方だし」
「変な噂流れたら言って」
白ヶ崎の目が少しだけ揺れる。
真守も同じだった。予想していなかった。もっと冷たい反応をされると思っていた。
神宮丸がニヤリと笑う。
「あと担任も味方にしようぜ」
「は?」
「俺が説得する」
「いや」
真守は反射的に止める。
その瞬間だった。
頭の中に黒ヶ峰の言葉が蘇る。盗聴器、監視カメラ、誰が聞いているか分からない。
真守は無意識に天井を見上げた。それを見た神宮丸が、不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「……いや」
少し考える。
それから首を振った。
「この話は一旦終わりで」
「え?」
「担任には俺から話す」
神宮丸が納得していない顔をする。だが、それ以上は聞かなかった。
真守は小さく息を吐く。
「みんなありがとう」
その言葉を残して、教室を出た。
生徒会室へ向かう。廊下を歩くたびに気分が重くなった。
教室では味方がいた。だが、ここにはいない。そんな予感がしていた。
扉の前で立ち止まる。
そして開く。
「失礼します」
その瞬間だった、異様な空気が肌を刺した。
「っ……」
坂下が壁際に追い詰められていた。
会長が目の前に立っている。
笑顔だった。いつも通りの優しい笑顔。それなのに坂下の顔は青ざめている。
「だからね坂下君」
会長は穏やかに言う。
「僕は何度も聞いているんだ」
坂下が震える。
「ち、違います……」
「違わないよ」
優しい声だった。
次の瞬間、会長の手が坂下の髪を掴んだ。
「っ!?」
坂下が声を漏らす。
真守の目が見開かれる。
「会長!」
黒ヶ峰が立ち上がる。
だが、会長は坂下から手を離すと、今度は黒ヶ峰へ視線を向けた。
ずっと、笑顔だった。
「黒ヶ峰君」
優しい声。
そして、髪を掴む。
「っ……」
黒ヶ峰が顔をしかめる。
「やめてください!」
真守が飛び出した。
会長の腕を掴む。
その瞬間、会長がこちらを見る。変わらず笑顔だ。だが目だけが笑っていない。
「……楽々浦君」
静かな声。
背筋が寒くなる。それでも真守は離れなかった。数秒の沈黙。やがて会長が手を離す。
「ごめんね」
穏やかな声。
まるで本当に反省しているみたいだった。だから余計に気味が悪い。
その横で三宝は黙っていた。山影も黙っていた。誰も止めなかった。
しばらくして、真守は会長室へ呼ばれる。
扉が閉まる。
二人きりの空間。そのまま、会長は机へ腰掛けながら言った。
「楽々浦君」
声は穏やかだった。
だが、以前より明らかに冷たい。
「赤坂の件だ」
真守は黙る。
「もう待てない」
会長が言う。
「早急に解決してほしい」
その声には焦りが混じっていた。
初めてだった。会長がここまで感情を出すのは。
「……はい」
真守は短く返す。
すると会長が笑う。
「僕に逆らったらどうなるか」
少しだけ間。
「分かってるよね?」
脅しだった。
はっきりとした脅し。それでも、真守は表情を崩さない。
「今日中に」
静かに言う。
「居場所を掴みます」
会長が目を細める。
真守は頭を下げ、そして部屋を出た。
外へ出ると、作業をしている三宝と山影がいる。真守はそのまま二人へ向かった。
「聞きたいことがあります」
三宝が顔を上げる。
「なんじゃ」
「なんで止めなかったんですか」
空気が止まる。
真守は続けた。
「坂下さんも、黒ヶ峰も、なんで見てるだけだったんですか」
三宝は少しだけ目を閉じた。
それから言う。
「会長のやり方じゃ」
「……」
「昔からそうじゃ」
真守は何も言わない。
山影も黙っていた。
「俺達は関係ない」
三宝が続ける。
「生徒会の問題じゃ」
その言葉を聞いた瞬間、真守の中で何かが冷めた。
「……そうですか」
それだけ言う。
もう何も期待していなかった。真守はそのまま背を向け、生徒会室を出る。
向かう先は決まっていた。
赤坂の全部を知るために、真守は一人、施設へ向かった。




