216話 俺×共闘=まだ信用はしてません。
玄関に重たい沈黙が落ちる。さっきまで騒がしかった空気が嘘みたいだった。
黒ヶ峰とアリス。
昼間、屋上で会長についての話の続きをしに、わざわざ夜に寮までやって来た。しかも、ただ事ではない雰囲気を隠そうともしていない。
真守は二人の顔を見比べた。
「……俺だけってどういうことだよ」
黒ヶ峰は答えない。代わりにアリスが少しだけ肩を縮めながら口を開いた。
「で、できれば……他の人には聞かれたくない話だから……」
小さな声だった。けれど、その表情は普段より真剣だった。
真守は少し考える。
そして首を横に振った。
「それは無理です」
「……え?」
アリスが固まる。
黒ヶ峰も僅かに眉を寄せた。
「なんで」
「咲音も一緒じゃないと聞かない」
即答だった。
玄関の空気が少しだけ止まる。
白ヶ崎も予想していなかったのか、小さく目を見開いた。
「……私?」
「うん」
真守は頷く。
「俺だけ聞いても意味ない」
黒ヶ峰がため息を吐く。
「意味はある」
「ない」
「ある」
「ない」
珍しく真守も引かなかった。
昼間の話を聞いた後だからだ。
監視カメラ、盗聴器、会長、生徒会。全部が危険な方向へ向かっている気がする。そんな中で、自分だけが情報を抱えるのは違うと思った。
「咲音が知らないところで危険に巻き込まれないためだ」
その言葉に、白ヶ崎が少しだけ俯く。頬が僅かに赤くなっていた。
「……」
黒ヶ峰は黙る。
アリスも黙る。
数秒の沈黙。
やがて黒ヶ峰が大きく息を吐いた。
「……好きにして」
「ありがとう」
「感謝はしなくていい」
全然嬉しそうではなかった。
すると今度は真希那が手を挙げる。
「じゃあ私も」
「真希ねぇはダメ」
「えっ」
即答だった。
「なんで!?」
「いや、真希ねぇが聞いてもなぁ……」
「ひどくない!?」
「だって絶対途中で話脱線するだろ」
「しないもん」
「する」
「しない」
「する」
「……」
真希那が頬を膨らませる。
露骨だった。
完全に不満そうだ。
「仲間外れ」
「違う」
「仲間外れだもん」
「子供かよ」
「まーくんに言われたくない」
真守は反論できなかった。
しばらく睨み合った後、真希那は大きなため息を吐く。
「……分かった」
意外にもあっさり引いた。
「今回は空気読む」
「珍しいな」
「うるさい」
真希那は最後まで不満そうな顔をしながらも、リビングへ戻っていった。
その背中を見送りながら、真守は少しだけ安心する。流石に今回ばかりは聞かせたくなかった。
黒ヶ峰が小さく顎で部屋を示した。
「中」
真守は頷く。
そして四人で自室へ向かった。
部屋へ入ると、自然と空気が変わる。さっきまでの騒がしい雰囲気は消えていた。
ベッドに腰掛ける真守。隣に白ヶ崎。向かいには黒ヶ峰とアリス。
誰もすぐには話し出さない。何から話すべきか考えているようだった。
やがてアリスが静かに口を開いた。
「……まず、一年前の話からするね」
その瞬間、部屋の空気がさらに重くなる。
「一年前?」
真守が聞き返す。
アリスは小さく頷いた。
「赤坂さんが……この学校に入学してきた頃」
その名前が出た瞬間、真守の表情が変わる。
アリスは続けた。
「その頃の薫は……今と違った」
少しだけ懐かしむような目だった。
「厳しい人ではあったけど……今みたいじゃなかった」
「今みたいじゃない?」
「うん」
アリスは頷く。
「鉄拳制裁なんて……ほとんど無かったし……退学処分も、もっと少なかった」
真守は黙って聞いていた。
「でも」
アリスが続ける。
「赤坂さんが入学してから……少しずつ変わった」
「……」
「最初は本当に少しだけ」
その声は静かだった。
「赤坂さんにだけ冷たかった」
部屋が静まり返る。
「理由は分からない」
アリス自身も知らないらしい。
「でも……見てれば分かった」
その言葉には確信があった。
「薫は赤坂さんを嫌ってた」
真守は拳を握る。
そこまでは予想していた。だが、その後の話は予想以上だった。
「そして」
アリスが真守を見る。
「楽々浦君が生徒会に入ってから……もっと酷くなった」
「俺?」
「うん」
黒ヶ峰が口を開く。
「処分の回数が増えた。鉄拳制裁も、祇園さんへの暴力も」
真守の表情が険しくなる。
思い出したくもない光景だった。
土下座、暴力、追い詰められた表情。あれが普通ではないことくらい分かっている。
「だから私達は調べ始めた」
アリスが言う。
「最初は私だけ」
そして黒ヶ峰を見る。
「それで黒ヶ峰さんを頼った」
「……」
黒ヶ峰は無言だった。
「黒ヶ峰さんが、教室で揉めて保健室へ行った時あったでしょ」
真守は目を瞬かせる。
「あの喧嘩か?」
「ただの喧嘩じゃない」
黒ヶ峰が即答する。
「調査してた」
「……は?」
真守が固まる。
黒ヶ峰は平然としていた。
「盗聴器の確認」
「は?」
「だから」
黒ヶ峰が少し呆れたような顔をする。
「わざと騒いだ」
真守は言葉を失う。
アリスが補足する。
「私達……結構前から調べてたの」
今までの点が少しずつ線になり始める。
だから二人は繋がっていた。だから黒ヶ峰は生徒会に入った。全部偶然じゃなかった。
「赤坂さんが消えてから」
アリスの声が少しだけ沈む。
「薫はもっと酷くなった」
部屋の空気が重くなる。
「坂下さんへの嫌がらせも、黒ヶ峰さんへの圧力も、全部増えた」
真守は自然と拳を握っていた。
「……最低だな」
思わず漏れる。
黒ヶ峰が少しだけ目を細める。
「女の子相手にしか出来ないのかよ」
怒りが滲んでいた。
会長への怒りだった。
アリスはその言葉を聞いて少しだけ俯く。そして小さく首を振った。
「違うの」
震える声だった。
「薫は……本当はこんな人じゃない」
真守は黙る。
「今は酷い人だと思う」
アリスは言った。
「でも」
そこで顔を上げる。
「助けたい」
真っ直ぐで、嘘ではないことが伝わる。黒ヶ峰も何も言わず、否定をしない。
真守は静かに息を吐いた。
「……俺も」
全員の視線が集まる。
「このまま放っておけない」
赤坂、会長、円山家、全部が繋がり始めている。
「赤坂先輩に会う」
真守は言う。
「それで全部聞く」
「……」
「会長と何があったのか」
アリスの目が少しだけ揺れる。
黒ヶ峰は黙ったまま聞いていた。
「それで」
真守は続ける。
「会長を止める」
静かな声だった。
黒ヶ峰が初めて少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「それなら」
短く言う。
「私は完全にあなたの味方になる」
真守は驚く。
黒ヶ峰がそんなことを言うとは思わなかった。
やがて話は終わり、アリスと黒ヶ峰は帰っていく。部屋に残ったのは真守と白ヶ崎だけだった。
静かだった。
さっきまで四人いたとは思えないほど静かだった。
白ヶ崎が小さく息を吐く。
「……大変だね」
「……ああ」
真守も頷く。
これからもっと面倒なことになる。そんな予感しかしなかった。
考え事をしながら俯いた、その時だった。
温かい感触が手に触れる。いや、違う。自分が握っていた。完全に無意識だった。
気付いた時には、白ヶ崎の手を掴んでいた。
「……あ」
真守が固まる。
白ヶ崎も少しだけ目を丸くする。
けれど、振り払ったりはしなかった。むしろ少しだけ優しく握り返してくる。
「……」
真守は何も言えなくなる。白ヶ崎はそんな真守を見て、小さく笑った。
それだけで、不思議と少しだけ肩の力が抜けた気がした。




