215話 俺×来客=予想外すぎます。
「……黒ヶ峰?」
真守はモニターに映る姿を見ながら、小さく呟いた。
昼間に別れたばかりだった。しかも、あれだけ重要な話をした直後だ。わざわざ夜に寮まで来る理由が思いつかない。
嫌な予感と疑問を抱えたまま、玄関の鍵を開ける。
扉を開いた瞬間、少し冷たい夜風が部屋の中へ流れ込んできた。
目の前には黒ヶ峰が立っている。制服姿のまま、相変わらず無表情で、何を考えているのか全く分からない顔だった。
「どうしたんだよ」
真守が聞く。
すると黒ヶ峰は答えるより先に、一歩前へ出た。
「入る」
「は?」
思わず変な声が出る。
だが黒ヶ峰は気にしない。当然のように玄関へ足を踏み入れてきた。
「いや待て待て」
真守は慌てて止める。
「なんで入ってくるんだよ」
「時間ない」
「説明になってねぇ」
「後で説明する」
全く説明する気がない返事だった。
そして、そのままさらに中へ入ろうとした時だった。
黒ヶ峰の足が止まる。
視線が下へ落ちた。
玄関に並んでいる靴、真守の靴、そして、その隣。女子用の靴が二足。
「……」
黒ヶ峰が無言になる。
嫌な沈黙だった。
真守は即座に口を開く。
「違う」
「何が」
「色々だ」
「説明になってない」
当然だった。
黒ヶ峰はもう一度靴を見る。それから真守を見る。最後にもう一度靴を見る。
「……」
深いため息が漏れた。
「最低」
「だから違うって言ってるだろ!」
「何が違うの」
「全部だよ!」
「説得力ない」
「なんでだよ!」
真守が頭を抱えた、その時だった。
「まーくん、誰ー?」
リビングの方から真希那の声が聞こえる。
続いて足音。
そして顔を出した真希那が黒ヶ峰を見た瞬間——動きが止まった。
「……え?」
数秒、固まる。
「えっ?」
さらに一歩前へ出る。
「えっ!?」
黒ヶ峰が僅かに眉を寄せた。
真守は嫌な予感しかしなかった。
「真希ねぇちょっと、これは──」
「待って」
真希那が手を出す。
「ちょっと待って」
全然待っていなかった。
「何この美人さん」
「……」
「いや待って、本当に待って」
真希那は黒ヶ峰の周囲をぐるりと見回した。
黒髪、整った顔立ち、白い肌。制服の上からでも分かるスタイル。まるで雑誌から出てきたモデルみたいだった。
「肌白っ」
「……」
「顔ちっちゃ」
「……」
「脚長っ」
「……」
「芸能人?」
「違う」
「モデル?」
「違う」
「え、何この人」
「人です」
「それは見れば分かる!」
黒ヶ峰の表情がさらに険しくなる。
真守は頭を抱えた。
「真希ねぇ落ち着け」
「だって!」
全く落ち着いていない。
「めちゃくちゃ綺麗なんだけど!」
「……」
黒ヶ峰が露骨に困っていた。
その時だった。
ガチャ。
脱衣所の扉が開く。その瞬間、温かい空気が廊下へ流れ出る。
「ふぅ……」
白ヶ崎が髪をタオルで拭きながら姿を見せた。
風呂上がりなのだろう。髪はまだ少し濡れている。部屋着姿のまま、無防備な様子でこちらへ歩いてくる。
そして、玄関を見た。
「……」
時間が止まる。
黒ヶ峰と目が合う。
白ヶ崎の動きが完全に停止した。数秒前まで緩んでいた表情が、一瞬で固まっていく。
理解が追いついていないのが分かった。
なぜ黒ヶ峰がいるのか、なぜ玄関に立っているのか、どうして自分は風呂上がりなのか。
その全部が頭の中で衝突した結果——
「っ!?」
顔だけが一気に赤くなる。
「く、黒ヶ峰さん!?」
反射的に胸元を押さえる。
完全に想定外だった。
「な、なんで!?」
「私も聞きたい」
黒ヶ峰が言う。
「だから違うって!」
真守が叫ぶ。
「違わないけど!」
白ヶ崎が反射的に言う。
「どっちなんだよ!」
「だ、だって!」
白ヶ崎がさらに赤くなる。
真希那は状況を理解して笑いを堪えている。
そして黒ヶ峰は再び靴を見る。そのまま、真守を見る。白ヶ崎を見る。
数秒。
「……」
さらに深いため息。
「終わってる」
「だから違うって!!」
「違わない」
「違う!」
「違わない」
「お前、少なからず俺の味方じゃなかったのかよ!」
「味方じゃない」
即答だった。
真守は膝から崩れ落ちそうになった。そんな時だった、黒ヶ峰がふと後ろを振り返る。
「もう、入っていいですよ」
「……は?」
真守が首を傾げる。
そして、玄関の外から小さな人影が姿を見せた。
金色の髪、透き通るような白い肌、小柄な体。まるで精巧に作られた人形みたいな少女だった。
「こ、こんばんは……」
小さな声。
真守は目を見開く。
「神楽坂先輩……?」
アリスは少し肩を縮めながら頷いた。
「う、うん……」
おどおどとした様子はいつも通りだった。
その姿を見た真希那が、また固まる。
「……」
数秒。
「えっ」
もう一度。
「えっ?」
アリスがびくっと肩を震わせる。
「ひっ……」
「なにこの子」
真希那が呟く。
「可愛すぎない?」
「えっ……」
「お人形さん?」
「ち、違います……」
「いや絶対お人形さんでしょ」
「ち、違います……」
「ちっちゃい!」
「す、すみません……」
「なんで謝るの!?」
アリスはさらに小さくなる。
黒ヶ峰が深いため息を吐いた。
「騒がしい」
「ご、ごめんなさい……」
「神楽坂先輩は悪くないだろ!」
真守がツッコむ。
アリスは少しだけ真守を見る。それから、小さく息を吸った。
「……さ、楽々浦君」
「ん?」
「は、話の続き……」
視線を少し逸らしながら言う。
「け、結構……大事な話だから……」
玄関の空気が変わる。
さっきまで騒いでいた真希那も黙った。白ヶ崎も自然と表情を引き締める。
そして黒ヶ峰が真守を見る。
「できれば」
少し間を置いて。
「楽々浦だけに話したい」
「……俺だけ?」
「う、うん……」
アリスが小さく頷く。
「君だけ……」
真守は思わず二人を見る。
黒ヶ峰とアリス。この二人が揃っている時点で、ただ事じゃない。
昼間の話の続きをするためだけに来たわけではない。そんな予感だけが、静かに胸の奥へ広がっていった。




