213話 俺×監視=見られていました。
「話くらいなら聞いてあげる」
黒ヶ峰のその一言は、生徒会室の空気の中では妙に浮いて聞こえた。
真守は思わず黒ヶ峰を見る。無表情でいつも通り。だが、どこか様子がおかしい。
何か言おうとして——
その瞬間だった。
黒ヶ峰が真守にだけ見えるように、人差し指を自分の唇へ添えた。
「……?」
真守の動きが止まる。
黙れ。
そういう意味なのは分かった。だが、なぜ今なのかが分からない。
黒ヶ峰は何も言わない。
代わりにポケットから小さなメモ帳を取り出した。さらさらと何かを書き込む。そしてページを破ると、机の陰から真守へ見せた。
そこには短く書かれていた。
『楽々浦から屋上で話そうと言って』
「……?」
ますます意味が分からない。
真守の頭の上に疑問符が増えていく。だが黒ヶ峰は無表情のままだった。
真守は一度だけ周囲を見る。
会長は書類を見ている。他のみんなも作業中。三宝たちは別の仕事をしている。
誰もこちらを見ていない。
それでも黒ヶ峰は警戒していた。
「……黒ヶ峰」
真守が声を出す。
「何」
「ちょっと屋上来ないか」
棒読みだった。
自分でも分かるほど不自然だった。しかし黒ヶ峰は平然と頷く。
「分かった」
それだけだった。
数分後、二人は屋上へ来ていた。
重い扉を閉める。ガシャンという金属音が響く。吹き抜ける風が制服を揺らした。
校舎の上は静かだった。授業中ということもあり、人の気配もない。
真守はすぐに口を開く。
「なんなんだよ」
「……」
黒ヶ峰はフェンスへ近付く。
そして周囲を見回した。
右、左、屋上の出入口、監視カメラ。一通り確認してから、ようやく口を開く。
「ここなら大丈夫」
「だから何が」
黒ヶ峰は振り返る。
「この学校」
少し間。
「監視カメラと盗聴器だらけ」
「……は?」
真守は固まった。
一瞬、意味が理解できなかった。
「盗聴器?」
「うん」
「監視カメラ?」
「うん」
「……いや待て」
思わずツッコミが出る。
「どういうことだよ」
黒ヶ峰は淡々と説明した。
「生徒会室、会議室、一部の空き教室、廊下、職員室周辺、他にも色々」
「……」
真守は唖然とする。
冗談を言っているようには見えない。黒ヶ峰はそういう性格じゃない。だからこそ余計に怖かった。
「なんでそんなこと……」
「知らない」
即答だった。
「私も全部は知らない」
黒ヶ峰はフェンスへ寄りかかる。
「でも」
少しだけ目を細める。
「会長」
その名前に真守の表情が変わる。
「……会長?」
「多分、独断でやってる」
短い言葉。
だが妙に納得してしまう。
真守の頭の中で色々なことが繋がり始めていた。なぜ会長は異常なほど情報が早いのか、なぜ生徒達の動きを把握しているのか。
なぜ——。
「……」
思い返せば違和感はずっとあった。ただ、見ないようにしていただけだった。
黒ヶ峰はそんな真守を見ながら続ける。
「屋上は盗聴難しい。風が強いし、広い。見たところ監視カメラも一台だけ」
真守は反射的にカメラを見る。屋上の端に設置されていた。
「だから連れてきた」
「……」
ようやく意味が分かった。
だから生徒会室で黙れと言ったのか、だからメモを使ったのか、全部繋がる。
「……なんで俺になんかに教えてくれたんだ」
真守が聞く。
黒ヶ峰は少しだけ考えた。
それから。
「気持ち悪いから」
「……は?」
「普通に監視されるのは不愉快だし、怖いし、嫌い」
好き放題だった。
「容赦ないな」
「事実」
即答だった。
黒ヶ峰は続ける。
「生徒会入ってから会長を見てた。最初は違った、少なくとも今ほどじゃなかった」
風が吹く。
黒ヶ峰の黒髪が揺れる。
「最近」
少しだけ間。
「酷い」
真守は黙る。
黒ヶ峰がここまで言うのは珍しかった。
「この事は、神楽坂先輩も?」
「うん」
即答だった。
「知ってる。私と繋がってるし」
「……」
真守は思わず苦笑する。
やっぱりそうだった。アリスと黒ヶ峰が同じ方向を向いているのは何となく感じていた。
「止めたいと思ってる」
黒ヶ峰が言う。
「でも証拠がない」
「……」
「だから静かに見てる」
その言葉に重みがあった。
感情論じゃない。ずっと観察していた人間の言葉だった。
「……つまり」
真守が整理する。
「黒ヶ峰も神楽坂先輩も会長を疑ってるってことか」
「それは、少し違う」
黒ヶ峰は首を横に振った。
「私は誰の味方でもない。会長の味方でもないし、楽々浦の味方でもない」
中立。
その言葉通りだった。
黒ヶ峰らしい。
「じゃあなんで」
真守が聞く。
「俺に教えるんだよ」
黒ヶ峰は少し考える。
そして。
「楽々浦の方がまだ信用できる」
「……なんでだよ」
「アホだから」
「悪口だろ」
「褒めてる」
「どこがだよ」
思わずツッコミが出る。
黒ヶ峰は少しだけ口元を緩めた気がした。
本当に少しだけだった。
「会長は頭いい、だから怖い。だけど、楽々浦はアホ、だから分かりやすい」
「全然嬉しくねぇ」
「でも、まだ信用できる」
真守は何も言えなくなる。
褒められているのか貶されているのか分からなかった。
黒ヶ峰はフェンスから離れる。
「とにかく」
真面目な声だった。
「周りに気を付けて、不用意に話さないことね。どこで聞かれているか分からないから」
「……分かった」
真守は頷く。
黒ヶ峰はさらに続ける。
「でも、特待生寮は大丈夫。少なくとも私が確認した限りでは盗聴器も監視カメラもない。だから安心して」
その言葉に少しだけ肩の力が抜ける。
白ヶ崎と真希那。少なくとも二人との時間までは覗かれていないらしい。
「……ありがとな」
真守は素直に言った。
黒ヶ峰は一瞬だけ止まる。
そして。
「別に」
いつもの調子だった。
それだけ言うと、そのまま屋上の扉へ向かう。
ガシャンと、扉が閉まる。屋上には真守だけが残された。
「……」
風が吹く。
会長、監視カメラ、盗聴器、円山家之墓。
頭の中でバラバラだった情報が少しずつ繋がり始めていた。だが、繋がれば繋がるほど不気味になる。
もし黒ヶ峰の言葉が本当なら、もし会長が本当に裏で動いているなら。赤坂が隠れている理由も、アリスが警戒している理由も、全部、自分が思っていたよりずっと深い話なのかもしれない。
真守は空を見上げる。
雲がゆっくり流れていた。
そして初めて思う。
この学校は、自分が知っているよりずっとおかしいのかもしれない。




