211話 俺×選択=負けてもいい時があります。
墓地を出た後も、真守の頭の中には『円山家之墓』という文字が残り続けていた。
会長の苗字、赤坂が通っていた墓、施設。頭の中で何度も繋げようとする。
けれど、あと一歩のところで答えが見えない。
「……」
駅へ向かう道を歩きながら、真守は無意識に眉間へ力を入れていた。
風が吹く。
夕方の空気は少し冷たくなり始めていた。
隣を歩いていた白ヶ崎が、そんな真守の横顔を見上げる。
「……真守くん」
「ん?」
呼ばれて顔を向ける。
白ヶ崎は少しだけ困ったように笑った。
「今日はもう考えるのやめよう」
「……」
真守は少しだけ目を瞬かせる。
「でも」
「今の真守くん」
白ヶ崎が言葉を続ける。
「すごく怖い顔してる」
「……そんなにか?」
「うん」
即答だった。
真守は苦笑する。
自分では気付いていなかった。それだけ考え込んでいたらしい。
「……まあ、そうかもな」
そう言って息を吐く。
すると白ヶ崎は小さく頷き、少しだけ歩幅を広げた。
「だから」
「?」
「今日はデートしよ」
「……は?」
思わず変な声が出た。
白ヶ崎は真顔だった。
「考えるのは明日」
「いや、急だな」
「急じゃない」
白ヶ崎はそう言うと、真守の手を掴んだ。
「行くよ」
「う、うん」
そのまま引っ張られるように電車へ乗る。
降りたのは繁華街だった。休日ほどではないが、人通りは多い。
明るい看板、雑踏、学生達の笑い声。墓地の空気とは正反対だった。
「……なんか久しぶりだな」
真守が呟く。
「何が?」
「こういうの」
白ヶ崎は少しだけ考えてから、小さく笑った。
「確かに」
その後は、本当に普通のデートだった。
雑貨屋へ入る。
白ヶ崎が猫のキーホルダーを見ていた。
ゲームセンターへ入る。
真守がクレーンゲームで散財した。
「……取れない」
「下手」
「うるさい」
ようやく一つ取れたぬいぐるみを白ヶ崎へ渡す。
白ヶ崎は少しだけ嬉しそうだった。
クレープも食べた。
ベンチに座って他愛ない話をする。
気付けば、墓地で感じていた重苦しさは少しだけ薄れていた。
「……ありがとな」
ぽつりと真守が言う。
「何が?」
「連れてきてくれて」
白ヶ崎は少しだけ目を見開く。
それから小さく笑った。
「どういたしまして」
その笑顔を見て、真守も少しだけ笑った。
そして、日が沈み始めた頃だった。帰ろうとしていた二人の前に、人影が現れる。
「……あ?」
真守の足が止まった。
見覚えがある。いや、忘れるはずがない。
「楽々浦じゃねぇか」
男が笑う。その後ろにも数人。
全部で五人。全員、見たことがあった。
鉄拳制裁、退学、停学、生徒会。全部に関わった連中だった。
「……」
真守の表情が消える。
男達は楽しそうだった。恨みを晴らす瞬間を待っていたような顔だった。
「生徒会様じゃん」
「副会長様じゃん」
「久しぶりだなぁ」
ゲラゲラ笑う。
真守は一歩前へ出る。
しかし、その瞬間だった。
「っ!」
白ヶ崎の声が聞こえた。
振り返る。
別の男が背後から白ヶ崎の腕を掴んでいた。
「離せ」
真守の声が低くなる。
男達は笑う。
「怖ぇ怖ぇ」
「彼女か?」
「可愛いじゃねぇか」
白ヶ崎は抵抗しようとする。
けれど相手は男だ。しかも一人ではない。振り払うには厳しい。
真守は冷静に状況を見る。
五人、全員男、自分一人ならどうにでもなる。
だが——
白ヶ崎がいる。
少しでも判断を間違えれば、白ヶ崎が怪我をする。その可能性だけは絶対に許せなかった。
男の一人がスマホを取り出した。そして、そのままカメラがこちらに向ける。
「動画回しとけ」
「おう」
録画が始まる。
「副会長様の名シーン撮らねぇとな」
男達は楽しそうだった。
そして。
「土下座したら許してやるよ」
笑いながら言った。周囲からも笑い声が上がる。本気で馬鹿にしている。
白ヶ崎の顔が強張る。
「真守くん」
止めようとしているのが分かった。だが、真守は白ヶ崎を見る。
「大丈夫」
それだけ言った。
「……っ」
白ヶ崎が何か言おうとする。
けれど真守は聞かなかった。
次の瞬間、躊躇なく膝をつく。アスファルトの冷たさが伝わる。そのまま両手を地面につける。そして頭を下げた。
土下座だった。
周囲が一瞬静まり返る。その後、爆笑が起きた。
「マジでやった!」
「副会長ざまぁ!!」
「生徒会ざまぁ!!」
「撮れてる撮れてる!」
「最高だろこれ!」
スマホのカメラが向けられる。
笑い声が響く。
けれど真守は動かない。恥ずかしいとも思わなかった。白ヶ崎が無事ならそれでいい、本当にそれだけだった。
男達はしばらく笑い続けた。やがて満足したのか、白ヶ崎を離す。
「じゃあな、副会長様」
「今度はもっと面白いことしろよ」
最後まで笑いながら去っていった。
静かになる。さっきまでの笑い声が嘘みたいだった。
白ヶ崎は俯いている。拳が震えていた。怒りか、悔しさか、いや、その両方だろう。
二人は何も言わず歩き始めた。
帰り道、しばらく沈黙が続く。やがて白ヶ崎が口を開いた。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
真守は隣を見る。
「何が?」
「私が捕まったから」
白ヶ崎は俯いたまま続ける。
「私がもっと強ければ」
「違う」
真守はすぐに否定した。
「でも——」
「違う」
もう一度言う。
「咲音が無事だった」
少しだけ笑う。
「それで十分」
「……」
白ヶ崎の足が止まりそうになる。
言葉が出てこない。
真守は何事もなかったように前を見る。本当に気にしていないのが伝わる。だから白ヶ崎は余計に苦しかった。
「……馬鹿」
小さく呟く。
真守には聞こえなかった。
やがて寮へ着く。
見慣れた建物、見慣れた玄関、ようやく帰ってきたという実感が湧いた。
「ただいま」
真守が扉を開ける。
その声と同時に、静かな夜の空気が二人を迎えた。
その頃にはもう。
繁華街で撮られた動画は、少しずつSNSへ広がり始めていた。




