210話 俺×墓標=知らない名前でした。
放課後、真守と白ヶ崎は学校を出て、隣町へ向かう電車に乗っていた。
車内には帰宅途中の学生や会社員がちらほらいる。
窓の外を流れていく景色を眺めながら、真守は何度も葵から聞いた話を思い返していた。
赤坂が定期的に通っている墓地、施設から少し離れた街、それだけだ。
正直、それが手掛かりになるのかは分からない。けれど、今の自分には行ってみる以外の選択肢がなかった。
「……緊張してる?」
隣から声が聞こえる。
白ヶ崎だった。
「いや」
反射的に答える。
「……少しだけ」
正直に言い直す。
白ヶ崎は小さく頷いた。それ以上は何も言わない。その沈黙が、不思議と心地良かった。
駅を降りる。
そこは住宅街が広がる静かな街だった。特別栄えているわけでもなく、かといって田舎というほどでもない。
ただ、人通りは少ない。夕方という時間もあってか、どこか物寂しい空気が漂っていた。
スマホで地図を確認しながら歩く。
住宅街を抜けると、少しずつ人の気配が減っていく。やがて坂道が見えた。
その先には木々が並んでいる。
「……ここか」
小さく呟く。
白ヶ崎も視線を上げる。その先に見えていたのは墓地だった。
墓地の入り口をくぐる。途端に空気が変わった気がした。
風が吹く。木々が揺れる。葉と葉が擦れる音だけが静かに響く。周囲に人の姿は見えない。
墓石が整然と並ぶ光景は決して珍しいものではないはずなのに、どこか現実感が薄かった。
「……なんか怖くないか」
真守が小さく呟く。
白ヶ崎が横を見る。
「墓地だから」
「いや、そうなんだけど」
言いながら苦笑する。
理屈じゃない。なんとなく落ち着かないのだ。
周囲を見回す。
静かすぎる。風の音だけが耳に残る。
気付けば、いつの間にか白ヶ崎の手を握っていた。いや、正確にはどちらからともなく手を繋いでいた。
付き合ってからまだ数日、まだ慣れていない。けれど離す理由も見つからなかった。
「……」
白ヶ崎は何も言わない。
ただ、少しだけ握る力が強くなった。
「……側から見たらさ」
真守がぽつりと呟く。
「ん?」
「心霊スポットに来たカップルみたいだな」
一瞬。
白ヶ崎が真顔になる。
それから小さく吹き出した。
「……否定できない」
「だろ?」
少しだけ笑う。
その空気で緊張が和らいだ。そして、歩き始めて数分。真守の足が止まった。
「……あれ」
遠くに人影が見える。
墓石の前。
一人の女性が立っていた。風に揺れる髪、制服姿、見間違えるはずがなかった。
「……赤坂先輩」
思わず声が漏れる。
生きていた、無事だった。その事実だけで胸の奥が少し軽くなる。
思わず駆け寄ろうとした。
しかし、ぐいっと手を引かれる。
「……待って」
白ヶ崎だった。
真守は足を止める。
「でも——」
「今は違う」
白ヶ崎は静かに言った。
「……」
「お墓参りしてる」
その言葉で真守も気付く。
赤坂は墓石の前で静かに手を合わせていた。
花が供えられている。そして、線香の煙が細く空へ伸びていた。
「そういう時に呼び止めるのは失礼」
「……」
言い返せなかった。
確かにその通りだった。
真守は息を吐く。
そして少し離れた場所から見守ることにした。
赤坂は何かを話していた。けれど距離がある。内容までは聞こえない。表情も見えない。
それでも——
そこにいる。
それだけで十分だった。
「……よかった」
自然と口から漏れる。
白ヶ崎は何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
しばらくして、赤坂が立ち上がる。墓石へ向かって深く頭を下げる。それから振り返り、静かに歩き始めた。
二人は隠れるように身を潜める。赤坂は最後までこちらに気付かなかった。
その背中が見えなくなるまで見送る。
そして、真守はようやく墓前へ向かった。
そこには花が供えられていた。線香もまだ新しい。ついさっきまで赤坂がいた証拠が残っている。
「……」
真守は墓石を見る。
何気なく。
本当に何気なく。そして、次の瞬間。足が止まった。
「……は?」
思わず声が漏れる。
そこに刻まれていた文字は、
赤坂ではなかった。
個人名でもない。
墓石の正面に大きく刻まれていたのは——
『円山家之墓』
「……円山?」
聞き覚えがある。
どこで聞いた。最近、何度も、頭の中で記憶を探る。
すると、隣に立っていた白ヶ崎が小さく呟いた。
「……それ」
「ん?」
「会長の苗字」
「……は?」
真守は思わず白ヶ崎を見る。
白ヶ崎は真顔だった。
冗談を言っている様子はない。
「会長の名前」
少しだけ間を置く。
「円山薫」
風が吹く。
木々が揺れる音が墓地全体に響いた。
「……」
真守は再び墓石を見る。
『円山家之墓』
会長、赤坂、施設。今まで繋がらなかった点が、急に同じ場所へ集まり始める。
けれど、まだ意味は分からない。分からないのに、胸の奥だけが嫌な音を立てていた。
「……なんで」
小さく呟く。
当然、答える者はいない。
夕日が沈み始める。
墓地は少しずつ暗くなり、さっきまでよりもずっと不気味に見えた。
誰もいないはずなのに、何かに見られているような感覚だけが残る。
真守は墓石から目を離せなかった。
そして、まだ知らない。
自分が今、思っている以上に深い場所へ足を踏み入れていることを。




