209話 俺×彼女=まだ慣れません。
昨夜は、妙に眠りが浅かった。眠ったと思ったら目が覚める。
時計を見る。まだ数十分しか経っていない。そんなことを何度も繰り返していた。
理由は分からない。疲れているはずなのに、なぜか深く眠れなかった。
隣から聞こえてくる静かな寝息に安心して、再び目を閉じる。それでもまた目が覚める。
結局、何度目かも分からない寝返りを打ったあとで、ようやく朝を迎えた。
だから当然、寝不足だと思っていた。
けれど——
「……あれ」
目を開いた真守は小さく首を傾げる。
頭は意外なほど冴えていた。
体も重くない。
むしろ最近の中では調子がいいくらいだった。
何度も目が覚めたはずなのに、不思議と眠気は残っていない。
「……なんでだ」
小さく呟く。
答えは分からない。
ただ、胸の奥にずっと溜まっていた何かが、少しだけ軽くなっている。そんな感覚だけはあった。
昨夜の嫉妬の話。
ちゃんと理解して、前に進めた気持ち。それが思っていた以上に大きかったのかもしれない。
ベッドから体を起こす。
窓の外では朝日が昇り始めていて、部屋の中を淡く照らしていた。
その光をぼんやり眺めながら、真守は小さく息を吐く。
「……今日も学校か」
呟いて立ち上がる。
いつもと同じ朝。けれど、昨日までとは少しだけ違う朝だった。
制服に着替えてリビングへ向かう。ドアを開けると、真希那と白ヶ崎が先に朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはよう真守くん」
「おはよう、まーくん」
いつも通りの挨拶。
それなのに、どこか落ち着かない。
視線が合うだけで妙に意識してしまう。白ヶ崎も同じなのか、少しだけ視線を逸らした。
「はいはい」
真希那がニヤニヤしながら二人を見る。
「朝から静かだねぇ」
「誰のせいだよ」
真守が呆れたように返す。
「私じゃないもん」
そう言いながら笑っている時点で信用できない。
「というか二人とも会話しなよ」
「……」
「……」
二人同時に黙る。
真希那が吹き出した。
「ほら、付き合った途端これだよ」
「うるさい」
即答する。
その横で白ヶ崎が小さく笑う。
そんな他愛もないやり取りをしながら朝食を済ませ、二人は学校へ向かった。
教室へ入る。いつも通りの朝だった。そして、席へ向かおうとした時だった。
「おい楽々浦」
神宮丸が声をかけてくる。
「……なんだよ」
「白ヶ崎さ」
神宮丸がちらりと視線を向ける。
その先では、白ヶ崎が女子たちと話していた。
「なんか最近機嫌良くね?」
「……は?」
意味が分からない。
「いやだから」
神宮丸が続ける。
「ここ一週間くらい、ずっと機嫌悪かったじゃん」
「……そうだったか?」
「そうだっただろ」
即答だった。
「話しかけても塩だったし」
「元からだろ」
「いや最近さらに塩だった」
失礼な話である。
「でも今日は違う」
神宮丸が断言する。
「なんか柔らかい」
「……」
真守は白ヶ崎を見る。
正直よく分からない。
いつも通りに見える。
「お前分かってねぇなぁ」
神宮丸が呆れた顔をする。
「彼氏だろ?」
「まだ慣れてねぇんだよ」
「彼氏がそれ言う?」
「うるせぇ」
ため息を吐く。
すると、向こうで女子と話していた白ヶ崎が、ふとこちらを見る。
目が合う、ほんの一瞬だけ。
それから——
少しだけ笑った。
本当に少しだけだった。けれど、神宮丸はそれを見逃さなかった。
「ほら」
ニヤニヤしながら言う。
「今の」
「……」
真守は何も言わなかった。
ただ、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。
ホームルームが始まる。
先生の話を聞きながらも、真守の頭の中には別のことが浮かんでいた。
赤坂、施設、そして葵から聞いた話。
墓参り。
施設から少し離れた街にある墓地。そこへ定期的に通っているという話。
大した情報じゃないかもしれない。それでも、今ある手掛かりの中では一番具体的だった。
チャイムが鳴り、ホームルームが終わった。
生徒たちが立ち上がり始める。その中で真守は席を立たち、真っ先に白ヶ崎の元へ向かう。
「咲音」
「……なに?」
白ヶ崎がこちらを見る。
名前を呼ぶ。それだけで少し照れくさそうに目を細めた。
「今日の放課後、少し付き合ってほしい」
「……?」
白ヶ崎が首を傾げる。
真守は周囲に聞こえないよう声を落とした。
「赤坂先輩の件で、気になる場所がある」
その瞬間、白ヶ崎の表情が変わる。
「……何か分かったの?」
「まだ分からない」
正直に答える。
「でも、手掛かりかもしれない」
少しだけ間を置く。
「墓地だ」
「……墓地?」
「ああ」
真守は頷く。
「葵先輩から聞いた。赤坂先輩が定期的に行ってる場所らしい」
白ヶ崎は少しだけ考え込む。
それから小さく頷いた。
「……分かった、一緒に行く」
その返事に迷いはなかった。
真守も小さく頷く。
一人で行くより、白ヶ崎がいてくれた方がいい。そんなことを自然に思っている自分に気付いて、少しだけ苦笑した。
窓の外を見る。青空が広がっている。平和な景色だった。けれど、その先に待っているものはきっと平和じゃない。
そんな予感だけがあった。
放課後、二人は学校を出る。向かう先は、施設から少し離れた街にある墓地だった。
そこで何が待っているのか。
まだ誰も知らなかった。




