207話 俺×無言=理由が分からないです。
教室を出てから、真守と白ヶ崎は並んで歩いていた。
夕方の校舎は静かだった。
授業が終わってから少し時間が経っているせいか、生徒たちの姿もまばらになっている。
部活動へ向かう生徒、帰宅する生徒、それぞれが自分の時間へ向かう中、二人は特待生寮へ続く道を歩いていた。
「……」
会話はない。
別に喧嘩をしたわけじゃない。何か特別なことがあったわけでもない。それなのに、妙に話しかけづらかった。
真守は隣を歩く白ヶ崎を横目で見る。
多分、怒っている。いや、間違いなく怒っている。
表情はいつもと大きく変わらない。けれど、なんとなく分かる。
最近になって気付いたことだが、白ヶ崎は本気で機嫌が悪い時ほど静かになる。
怒鳴ったりしない、文句も言わない、ただ黙る。そして今は、その状態だった。
「……」
何かしただろうか。
真守は頭の中を探る。
朝、昼、授業。特に問題はなかった気がする。
神宮丸と騒いだくらいだ。文化祭の話もした、生徒会にも行った。
それから──
葵の部屋へ向かった。
「……」
そこまで考えても、別に怒られるようなことをした覚えはない。
そもそも赤坂の情報を聞きに行っただけだ。やましいことなんて何もない。
「……」
それなのに怒っている。
意味が分からない。
真守は小さく息を吐いた。
ここまで静かだと流石に居心地が悪い。何か話した方がいい気がする。けれど話題が浮かばない。浮かんでも、今の空気で話していいのか分からない。
そんなことを考えているうちに、沈黙だけが続いていく。
校舎を出て、中庭を抜けて、特待生寮へ続く道へ入る。二人の足音だけが一定のリズムで響いていた。
「……」
白ヶ崎は真守より少しだけ前を歩いている。
追い抜くほどじゃない、並ぶほどでもない、ほんの半歩。たったそれだけの距離なのに、妙に遠く感じた。
「……」
なんなんだろうな。
真守は空を見上げる。
夕焼けが広がっていた。雲は少なく、西の空がゆっくりと赤く染まっている。
綺麗だとは思う。けれど、それを誰かと共有する余裕はなかった。
「……怒ってる?」
結局、我慢できずに聞いてしまった。
白ヶ崎の肩がぴくりと揺れる。
「怒ってない」
返事は即答だった。早い、考える時間が一秒もなかった。
「いや、怒ってるだろ」
「怒ってない」
「絶対怒ってる」
「怒ってない」
会話が終わる。
どうしろと言うんだ。
真守は思わず頭を掻いた。
分からない、本当に分からない。何が地雷だったのか全く分からない。
「……」
白ヶ崎は前を向いたままだった。視線も合わせてくれない。ここまでくると少し不安になってくる。
昨日、付き合ったばかりだ。流石に一日で嫌われたりはしないと思う。
思うのだが。
「……」
自信はなかった。
元々、人付き合いが上手い方じゃない。だから余計に考えてしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、特待生寮が見えてきた。
学校から近い、歩けばすぐだ。いつもならあっという間に着く距離なのに、今日は妙に長く感じた。
結局、原因は分からないままだった。
玄関の扉を開く。
「ただいま」
「おかえりー」
リビングから真希那の声が返ってくる。
いつもの声だ。
少しだけ安心する。
靴を脱ぎながら顔を上げると、ソファに座っていた真希那がこちらを見ていた。
真守を見る。続けて白ヶ崎を見る。そして、もう一度真守を見る。
「……?」
首を傾げる。
何か変だろうか。制服の襟を触る。髪も触る。別におかしなところは見つからない。
「……ふーん」
真希那が妙に意味深な声を出した。
「なんだよ」
「別にー?」
そう言いながら、なぜか楽しそうに笑っている。意味が分からない。
横を見る。
白ヶ崎は無言のままリビングへ向かっていた。耳だけが少し赤い、怒っているからだろうか。
よく分からない。
「……」
やっぱり怒ってるよな。
そう思う。でも理由は分からない。分からないまま後を追う。
「まーくん」
真希那がにやにやしながら声をかけてきた。
「なんだよ」
「別にー?」
また同じ返事だった。
絶対何か知っている顔だ。けれど聞いても教えてくれない気がする。
「……」
真守はため息を吐いた。
今日は何もかも分からない。白ヶ崎が怒っている理由も、真希那が笑っている理由も、全部分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
このままだと、今日の夜はかなり面倒なことになりそうだった。




