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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
最終章 俺×愛の形=それぞれの道へ進みます。〜答え合わせ編〜
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206/224

205話 俺×対象=不特定です。

生徒会室を出た後も、会長の言葉が頭から離れなかった。


──期待しているよ、楽々浦君。


優しい声だった。責めるような口調でもなかった。それなのに、胸の奥に重く残る。まるで逃げ道だけを塞がれたような感覚だった。


廊下を歩きながら、小さく息を吐く。


窓の外では太陽が校舎を明るく照らしていた。とても、静かな空気が流れている。


だが、真守の頭の中は全く静かではなかった。


赤坂先輩のこと、会長のこと、そして──白ヶ崎のこと。


考えないようにしても、ふとした拍子に顔が浮かぶ。


照れた顔、少しだけ嬉しそうだった表情、思い出した瞬間、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。


「……」


小さく頭を振った。


その時だった。


スマホがまた震える。


画面を見る。


表示されていた名前は葵だった。


『楽々浦くん、今話せる?』


短いメッセージ。


真守はすぐに返信する。


『はい』


送信した直後、着信画面に切り替わった。通話ボタンを押す。


「もしもし」


『あ、出た』


聞き慣れた声だった。


それだけで少し肩の力が抜ける。


『今どこ?』


「生徒会室を出たところです」


『そっか』


少しだけ間が空く。何かを考えているような沈黙だった。


そして。


『……来れる?』


「え?」


『部屋にいるから。直接話したい』


真守は少し考える。


だが断る理由もなかった。


「……分かりました」


『うん』


短く返事が返ってくる。通話はそこで終わった。スマホを下ろす。


直接話したい。


その言葉だけで、少し空気が変わった気がした。真守はそのまま寮へ向かった。


歩きながら考える。


赤坂、施設、師範、会長。色々な情報が頭の中を巡る。そのはずなのに、不意に白ヶ崎の顔が混ざる。


「……」


ダメだ、考えるだけで妙に落ち着かない。


真守は再び頭を振った。


気持ちを切り替える。


今は赤坂だ、それ以外を考えている場合じゃない。そう自分に言い聞かせながら、葵の住む女子寮へ向かった。


部屋番号を確認する。インターホンを押し、数秒後、扉が開く。


「いらっしゃい」


葵が小さく笑った。


私服姿だった。学校ではまとめている髪も下ろしている。どこか柔らかい雰囲気だった。


「……どうも」


「入る?」


自然な口調だった。


けれど、真守は少しだけ迷う。以前の自分なら何も考えずに入っていただろう。


だが今は違う。


「……いや、ここで大丈夫です」


そう答えた。


葵の目が少しだけ見開かれる。ほんの一瞬だった。だが確かに驚いていた。


「……」


そして、ふっと笑う。少し寂しそうな笑顔だった。


「……なんか雰囲気変わったね」


「……え?」


「前だったら普通に入ってきたと思ったのに」


「……」


言葉が詰まる。


自分でも理由は分かっていた。でも口にするのは恥ずかしい。


葵はそんな真守を見ていた。そして、どこか諦めたように笑った。


「……あ、もしかして」


楽しそうな声を作る。


「できちゃった感じ?」


「……何がですか」


「彼女」


「っ……」


反応が早すぎた。


自分でも分かるくらい。


葵の笑顔が少しだけ固まる。本当にほんの一瞬だけ。けれど確かに、何かが傷付いたような顔だった。


「……図星だ」


「いや、その……」


言葉が出てこない。


葵は真守から視線を逸らした。少しだけ俯く。胸の奥がじわりと痛んだ。


葵は予想はしていた、気付いてもいた、でも、実際に答えを見せられると苦しい。


想像していたよりずっと。


それでも、笑った。笑わなければいけない気がした。


「……白ヶ崎さん?」


「……」


沈黙、それが答えだった。


葵は小さく息を吐く。胸の奥で何かが崩れる音がした気がした。


だけど、顔には出さない。彼女は出したくなかった。


「そっか」


優しく笑う。


無理をしていることが自分でも分かった。


「……よかったね」


その言葉は本心だった。


本当に嬉しい、白ヶ崎なら安心できる。真守を大切にしてくれる。だから祝福したい。


けれど、胸が痛かった。どうしようもなく、苦しかった。


「……ありがとうございます」


真守が頭を下げる。


葵は黙っていた。


少しだけ視線を落とす。


太陽が寮の廊下を明るく照らしていた。それが妙に綺麗で、だから余計に胸が痛んだ。


「……でも、安心した」


ようやく言葉を絞り出す。


「……え?」


「楽々浦くんって、ずっと危なっかしかったから」


「……そんなですか」


「そんなだよ」


即答だった。


「一人で抱え込むし」


「……」


「無茶するし」


「……」


「自分が傷付くのは平気なくせに、人が傷付くのは嫌がるし」


苦笑する。


葵はそんな中、思い出を振り返る。


本当に面倒な人だ。でも、そういうところが好きだった。だからこそ、誰かが隣にいてくれるなら安心できる。


少しだけ寂しいけれど、それでも。


「だから、ほんの少しだけ安心」


真守は何も言わなかった。


葵もそれ以上は続けない。これ以上話せば、きっと何かが零れてしまう気がした。


だから、空気を変える。


無理矢理にでも。


「……で」


葵が真面目な表情になる。


「赤坂さんのことなんだけど」


真守の表情が変わる。


さっきまでの空気が消える。


葵はそれを見ながら話を続けた。


「施設の人と少し話せた」


「……話せたんですか?」


驚きが滲む。


「どうやって……」


「普通に仲良くなった」


「いやコミュ力どうなってるんですか……」


「失礼だなぁ」


少しだけ笑う。だけど、その笑顔も長くは続かなかった。


葵は静かに息を吐く。


「……それでね」


表情が真剣になる。


「赤坂さん、昔から誰かを怖がってたみたい」


「……誰か?」


「うん」


葵は頷く。


「でも特定の誰かじゃない」


「……?」


真守は眉を寄せた。


意味が分からない。


葵も同じだった。施設の人たちも説明できなかったらしい。それでも、共通していた証言がある。


「赤坂さんね」


静かな声。


「ずっと言ってたみたい」


そして、その言葉を口にする。


「周りが傷つくって」


「……」


真守の表情が固まる。


師範の言葉が蘇る。自分に近付くな、巻き込まれる、傷付く。


まるで同じだった。


「……」


葵は続ける。


「多分」


少しだけ視線を落とす。


「今も誰かを怖がってる」


静かな沈黙が落ちる。


夕陽がゆっくりと沈んでいく。


幸せな時間は確かにあった。少し前まで、そこにあった。けれど、風向きが変わり始めている。

暖かな風の中に混ざる冷たい気配。まるで嵐の前触れだった。


誰かが幸せになれば、誰かが傷付く。そんな未来を予感させるように。


不穏な風が、静かに吹き始めていた。

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