203話 俺×違う夜=落ち着ける気がしません。
夜になった。夕食も終わり、三人はいつものようにリビングへ集まっていた。
いつもと同じ時間、いつもと同じ場所、いつもと同じ顔ぶれ。本来なら何も変わらないはずだった。
それなのに、空気だけがまるで違う。
「……」
真守はソファに腰を下ろしたまま、小さく息を吐く。
落ち着かない。
とにかく落ち着かなかった。理由は分かっている。今日の昼までは違った。いや、正確には今日の放課後までは違った。
けれど今は違う。
白ヶ崎はもうちょっとした幼馴染でも仲の良い同級生でもない。
彼女だ。
そう考えた瞬間、隣に座っているだけで妙に意識してしまう。
「……」
ちらりと横を見る。
白ヶ崎はテレビの方を向いていた。だが全く内容は見ていないのだろう。
耳が真っ赤だった。頬も少し赤い。多分、自分も似たような顔をしている。
視線が合いそうになって、慌てて前を向く。そんなことを何度も繰り返していた。
「……」
向かいでは真希那が体育座りをしている。そして、ずっとこちらを見ていた。
「……なんだよ」
真守が耐え切れずに聞く。
「……」
返事はない。
ただ見ている。
しかも真顔だ。
「怖ぇよ」
「……」
真希那はしばらく黙っていた。
そして数秒後。
「……ねぇ」
静かに口を開く。
「今日、どうするの?」
「……何が」
「寝る場所」
「……」
空気が止まった。
真守の思考も止まった。
白ヶ崎も固まった。
真希那だけが真顔だった。
「いやだって」
当たり前のことを確認するように続ける。
「今まで三人で寝てたじゃん」
「……」
確かにそうだった。いつからか当たり前になっていた。
事件のため、護衛のため、気分を安らげるため、色々理由はあった。
でも気付けばそれが日常になっていた。
「……」
真守は横を見る。白ヶ崎と目が合うが、一瞬で逸らされた。
無理だ。
二人とも同じことを考えている。
「……」
沈黙が流れる。
その中で。
「……今日は」
白ヶ崎が小さく口を開いた。
真守も真希那も反応する。
「……」
「真希那さん」
白ヶ崎が顔を真っ赤にしたまま言う。
「自分の部屋で寝てください」
「……え?」
真希那が固まる。
真守も固まる。
「……え?」
思わず同じ声が出た。
白ヶ崎はさらに顔を赤くしながら続ける。
「だ、だって……」
声が少し震えていた。
「彼氏と彼女なので」
「……」
「……」
「……」
数秒間、本当に誰も動かなかった。
そして。
「うわあああああああああああああん!!」
真希那が泣いた。
「まーくんがぁぁぁぁぁ!!!」
「だからなんで泣くんだよ!!」
「だってぇぇぇ!!」
ソファに突っ伏して本気で泣いている。
「ほんとに!?ほんとに二人で寝るの!?」
「言い方!!」
「変なことするの!?」
「するか!!」
「っ……!」
白ヶ崎の顔がさらに真っ赤になる。
耳どころか首まで赤い。
「ま、真守くん!!」
「俺のせいじゃねぇだろ!!」
「まーくん女性経験ないもんねぇぇぇ!!」
「うるせぇ!!」
「絶対テンパるよぉぉぉ!!」
「もう黙れ!!」
騒がしい。
本当に騒がしい。さっきまでの甘い空気が全部吹き飛ぶくらい騒がしかった。
それなのに、白ヶ崎は途中から小さく笑っていた。真守も呆れながら笑っていた。
真希那がいると、どんな空気でも長続きしない。それが少しありがたかった。
しばらくして。
「……うぅ」
真希那が涙を拭きながら立ち上がる。
「……分かったもん」
「全然分かってない顔してるぞ」
「お姉ちゃん空気読むもん……」
「絶対納得してねぇだろ」
「……」
真希那は少しだけ黙る。そして、さっきまでとは違う顔で二人を見る。
「……幸せになってね」
ぽつりと呟いた。
「……」
真守が少し目を見開く。
白ヶ崎も驚いたような顔をしていた。
「……真希ねぇ」
「でも寂しい」
即答だった。
「台無しだよ!!」
「だって寂しいんだもん!!」
真希那は涙目で叫ぶ。
「今までずっとまーくん中心で生きてきたんだから!!」
「重いな!!」
「重くて何が悪い!!」
開き直った。
真守は頭を抱える。白ヶ崎も困ったように笑っていた。
けれど、その言葉は本音だった。真希那はずっと真守を見てきた。だからこそ今日という日が嬉しくて、だからこそ少し寂しかった。
その気持ちが伝わるから、真守も強くは言えなかった。
「……」
やがて真希那は部屋へ向かう。
扉の前で立ち止まり。
「まーくん」
「なんだよ」
「本当に変なことしたらダメだからね」
「だから何もしねぇよ!!」
「ほんとぉ?」
「寝ろ!!」
真希那はケラケラ笑いながら部屋へ消えた。
扉が閉まる。
静かになる。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいだった。
「……」
「……」
誰も喋らない。
妙に静かだった。
「……あの」
先に口を開いたのは白ヶ崎だった。
「……すみません」
「何が?」
「勢いで言っちゃった」
恥ずかしそうに俯く。
「……」
真守は少しだけ笑う。
「俺も断れなかったし」
「……」
白ヶ崎がこちらを見る。
少しだけ安心したようだった。
「……嫌だった?」
恐る恐る聞いてくる。
「いや」
真守は即答する。
「嫌じゃない」
「……っ」
また赤くなる。
付き合う前なら見られなかった顔だった。そんな白ヶ崎を見るたびに、少しだけ胸が温かくなる。
やがて二人はベッドへ入った。
距離は空いている。けれど、不思議なくらい近く感じる。
「……」
天井を見上げる。
眠れる気がしない。
隣から聞こえる呼吸、シャンプーの香り、意識しない方が無理だった。
「……落ち着かないな」
思わず呟く。
すると。
「……私も」
すぐ隣から返事が来た。思わず少し笑ってしまう。白ヶ崎も同じだったらしい。
その後は静かだった。
呼吸の音だけが聞こえる。ほんの少しだけ距離が近付く気配がした。けれど、それ以上は何もない。
「……おやすみ」
「……おやすみ」
小さなやり取り。
それだけだった。それでも、今までで一番安心できる夜だった。
翌朝。
「おはようカップル」
リビングへ入った瞬間だった。
「「っ!?」」
二人同時に固まる。
真希那がニヤニヤしていた。
「朝からうるせぇ!!」
「だって面白いんだもん」
「面白くねぇよ!!」
白ヶ崎は既に顔を逸らしている。
耳が真っ赤だった。
「……」
真守は悟った。
もう無理だ、隠せる気がしない。
そして、そのまま登校する。教室へ入った瞬間、神宮丸が固まった。
「……お前ら」
「……」
「付き合った?」
鋭すぎた。
白ヶ崎が硬直する。
真守は小さく息を吐いた。
もう隠す意味もない。
「……まぁ」
肩を掻く。
「そういうことになった」
「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
校舎中に響きそうな声だった。
「うるせぇ!!」
「だって!!」
神宮丸は本気で喜んでいた。
「うわぁぁぁ青春してんなお前ぇぇぇ!!」
「朝から疲れる……」
「白ヶ崎!!おめでとう!!」
「……ありがとう」
照れながら返す白ヶ崎を見て、真守は少しだけ笑った。本当に付き合ったんだなと、ようやく実感が湧いてくる。
騒がしい。
昨日も今日も騒がしい。けれど、そんな日常が、少しだけ嬉しかった。
「じゃあ俺、生徒会行くわ」
「うん」
白ヶ崎が小さく頷く。
その表情は昨日までより柔らかかった。
真守も自然と笑う。そして背を向け、生徒会室へ向かう廊下を歩く。
昨日までとは少し違う。
守りたいものができた。そんな実感が、胸の奥に静かに根付いていた。
そして真守は、生徒会室の扉の前で足を止めた。




