202話 俺×変化=隠せる気がしません。
寮へ戻る道は、思っていたより静かだった。
夕方の空は少しずつ暗くなり始めていて、街灯にも灯りが付き始めている。
ついさっきまで屋上にいた。
白ヶ崎に想いを伝えて、白ヶ崎からも想いを聞いて。
そして——恋人になった。
言葉にすると簡単なのに、どうしても現実味がなかった。
「……」
隣を見る。
白ヶ崎が歩いている。ただそれだけなのに、妙に意識してしまう。
今までだって何度も一緒に歩いてきた。隣にいることなんて珍しくもない。なのに今日は違った。
目が合うだけで照れくさい。
少し肩が触れそうになるだけで心臓が変な動きをする。自分でも笑ってしまうくらい単純だった。
「……」
ふと視線を下げる。そこで真守は気付いた。
手が繋がったままだった。屋上を出てからずっと。廊下を歩いている時も、校門を出た時も、駅前を通った時も。
ずっと。
「……」
白ヶ崎も気付いているはずなのに何も言わない。少し俯きながら歩いている。
耳が赤い。多分、自分も同じ顔をしている。
「……なんか」
真守が小さく呟く。
「変な感じだな」
白ヶ崎は少しだけ肩を揺らした。
「……うん」
返事も小さい。けれど、その声はどこか嬉しそうだった。
また心臓がうるさくなる。
落ち着かない。けれど嫌じゃない。むしろ、手を離したくないと思っている自分がいた。
今までなら恥ずかしくて離していたかもしれない。
でも今は違う。
こうしていることが当たり前になってほしいと思っていた。そんなことを考えているうちに寮へ到着する。
玄関の前で二人同時に足が止まった。
理由は分からない。けれど、ここから先はまた現実に戻る気がした。
「……行くか」
「……うん」
真守が扉を開く。
「ただい——」
そこまで言って止まる。
リビングのソファに座っていた真希那が、こちらを見て固まっていた。
「……」
真希那の視線がゆっくり下へ移動する。
そして。
完全に停止した。
「……え」
小さな声。
つられて真守も下を見る。
「あ」
白ヶ崎も同時に声を漏らした。
繋いだままの手。
そこでようやく気付く。慌てて離そうとするが、少し遅かった。
「……」
真希那が立ち上がる。
数秒。
本当に数秒だけ無言だった。
そして——。
「うわあああああああああああああん!!!」
盛大に泣いた。
「まーくんがぁぁぁぁぁ!!!」
「うるせぇ!!」
思わず叫ぶ。
真希那はソファへ倒れ込む。クッションを抱き締めながら本気で泣いていた。
「取られるぅぅぅぅぅ!!」
「だから誰にだよ!!」
「咲音ちゃんにぃぃぃ!!」
「いや人聞き悪いな!?」
真守が頭を抱える。
横では白ヶ崎も困り果てていた。
「……あの」
恐る恐る口を開く。
「……取ってません」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
なぜかさらに泣いた。
「だからなんでだよ!!」
「だってぇぇぇ!!」
涙目のまま叫ぶ。
「咲音ちゃん彼女感すごいもん!!」
「っ!!」
白ヶ崎が真っ赤になる。
耳まで赤い。
そして。
「……か、彼女ですけど」
言った。
言ってから自分で固まった。
部屋が静まり返る。
真守も固まった。
真希那も固まった。
そして。
「うわあああああああん!!」
また泣いた。
「めんどくせぇなほんと!!」
「だってぇぇぇ!!」
真希那が涙を拭う。
けれど、真守は途中で気付く。その泣き方が少し違うことに。
さっきまでの大袈裟な泣き方じゃない。本当に寂しそうだった。
「……」
真守が少しだけ黙る。
真希那は笑っている。でも目だけは笑っていない。
「……」
昔のことが頭をよぎる。
両親が仕事で忙しかった日、病気で寝込んだ日、学校で嫌なことがあった日、いつも真希那がいた。
姉だった。けれど時々、母親みたいでもあった。誰よりも近くで自分を見てきた人だ。
そんな相手からすれば。今日という日は、少し特別なのかもしれない。
「……真希ねぇ」
真守が呼ぶ。
真希那が顔を上げる。
「ん?」
涙で少しぐしゃぐしゃになった顔。
「唯一無二の実の姉なんだから」
真守は少しだけ笑った。
「別に永遠の別れじゃないだろ」
「……ほんと?」
子供みたいな声だった。
「ほんとだよ」
即答する。
真希那はしばらく黙った。
そして。
「……うぅ」
また少し泣いた。
今度はさっきより静かだった。
「寂しいんだもん……」
ぽつりと零す。
「……」
真守は何も言えなかった。
その気持ちは本物だから。
真希那は泣きながら笑う。
「でもね」
少しだけ白ヶ崎を見る。
「咲音ちゃんなら納得してる」
「……え?」
白ヶ崎が目を丸くする。
「だってずっと好きだったの知ってるし」
真希那が笑う。
「まーくんのこと、本当に大事にしてくれてたし」
少しだけ声が震える。
「だから応援してる」
それは本音だった。
心から。
その言葉を聞いた瞬間だけ、白ヶ崎の瞳がわずかに揺れた。さっきまでの照れや戸惑いとは違う。救われたような、安心したような、そんな表情だった。
「でも寂しいのは寂しいからね!?」
「どっちなんだよ」
「両方だよ!!」
即答だった。
真守は思わず笑ってしまう。白ヶ崎も少しだけ笑った。
その空気を見て。真希那もようやく少し安心したようだった。
「でもね、咲音ちゃん」
急に真顔になる。
「まーくん女性経験ゼロだから気を付けてね」
「ぶふっ」
真守が吹き出す。
「何言ってんだよ!!」
「絶対変なところでテンパるから」
「やめろ!!」
「え、えっと……」
白ヶ崎まで真っ赤になる。
「そ、そういうのはまだ……」
「まだって何!?」
「真希ねぇ黙れ!!」
さっきまで泣いていた人間とは思えない。
真希那はケラケラ笑う。その笑顔を見て、真守は少しだけ安心した。
完全に吹っ切れたわけじゃない。きっと寂しさは残っている。それでも、真希那はちゃんと祝福してくれている。
だから、真守も少しだけ笑った。
騒がしい。
本当に騒がしい。
けれど。
そんな時間が、少しだけ愛おしかった。
ふと見ると、白ヶ崎が小さく笑っている。
その表情を見て、真守は改めて思う。ようやくここまで来たんだな、と。




