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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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194話 俺×師範=まだ迷ってるみたいです。

道場に着いた頃には、昼を少し過ぎていた。見慣れた門の前で足を止める。


古びた木の看板。


何度も見てきたはずなのに、最近はここへ来るたびに少しだけ違う感覚になる。


懐かしさと居心地の良さ。そして、自分でも説明できない安心感。


ゆっくりと門を開ける。ギィ、と軋む音が響いた。その瞬間、木の匂いが鼻をくすぐる。


畳の香り、汗の匂い、昔から変わらない空気。それだけで胸の奥が少しだけ落ち着いた。


「……」


靴を脱ぎ、中へ入る。


道場の中央では子供たちが稽古をしていた。元気な掛け声が響いている。


その様子を、師範が腕を組みながら眺めていた。


「……来たか、楽々浦」


低く落ち着いた声。


「押忍」


真守は軽く頭を下げる。


師範は少しだけ目を細めた。そして真守の顔をじっと見る。まるで何かを見透かすように。


「顔は悪くないな」


「そうですか?」


「おう」


短く返される。


だが次の瞬間。


「だが——」


そこで言葉が切れる。


師範は少しだけ息を吐いた。


「迷いは残っとる」


「……」


思わず苦笑が漏れそうになる。


図星だった。ここまで分かりやすい反応をされると、否定する気にもならない。


「顔に出てますか?」


「顔にも出とるし、歩き方にも出とる」


「そんなにですか」


「そんなにだ」


即答だった。


真守は肩を落とす。


師範は小さく笑った。


「まあ、それだけ考えとるってことだ」


その言葉だけは少し優しかった。


それから軽く準備運動を済ませる。


道着ではない、それでも身体は自然に動いた。足を開く、拳を握る、構える。その感覚だけは忘れていない。


「来い」


師範が言う。


真守は踏み込んだ。


距離を詰め、拳を出す。だが、避けられる。そして、返しが来る。受ける。


身体は動いていた。思っていた以上に。昔の感覚が残っていることに、自分でも驚く。


だが。


「……甘い」


低い声が耳に届く。


次の瞬間には視界が回転していた。気付けば畳の上に転がっている。


「っ……」


肺の空気が押し出される。師範は動かない。ただ見下ろしていた。


「動きは悪くない」


静かな声だった。


「だが決めきれん」


「……」


言い返せない。


自分でも分かっていた。攻めているつもりでも、どこかで止まっている。踏み込み切れていない。


「迷いがある動きだ」


「……やっぱり、分かりますか」


「当たり前だ」


師範が手を差し出す。


真守はその手を掴み、立ち上がった。


昔から変わらない手だった。大きくて硬い。何度も投げられ、何度も引っ張り上げられた手。


「……そういえばな」


師範がふと思い出したように言う。


「この前お前が帰ってから、少し思い出したことがあってな」


「……?」


自然と意識が向く。


「赤坂のことだ」


その名前が出た瞬間、胸の奥が僅かに反応する。


「……あいつはな」


師範は少し遠くを見る。


昔を思い出しているようだった。


「一人でおることが多かった」


「……」


「だが、別にいじめられとったわけじゃない」


「……え?」


思わず声が出る。


今まで聞いていた印象と違ったからだ。


「じゃあ、なんで……」


「誰か一人に執拗に嫌がらせを受けとった」


「……」


空気が少し重くなる。


「周りの人間は巻き込まれて傷ついとったらしい」


真守は黙って聞いていた。


頭の中で整理しようとする。


だが上手く繋がらない。


「……それって」


言葉を探す。


「どういう意味なんですか」


「そこまでは知らん」


師範は首を横に振った。


「だがな」


少しだけ目を細める。


「あいつは言っとった」


そして静かに続けた。


「自分のせいで周りが傷ついとる、とな」


「……」


胸の奥が重くなる。


施設で会えなかった理由、あの日の拒絶、その全てが少しだけ繋がりそうになる。

けれど、まだ足りない。決定的な何かが見えない。


「……まあいい」


師範が話を切る。


「それより、お前だ」


「……俺ですか」


「ああ」


即答だった。


「お前には迷いが二つある」


「……二つ?」


「一つは外だ」


赤坂、会長、過去、今抱えている問題。おそらくそれだろう。


そして。


「もう一つは内だ」


「……」


真守は黙る。


内。


その言葉だけが引っかかった。


「……その内の一つはな」


師範は続ける。


「お前次第で解決できることだ」


真守は少し考えた。


赤坂ではない、会長でもない、なら何だ。頭のどこかで答えに近いものが浮かびそうになる。


だが掴めない。


「……なんとなくですけど」


「うん?」


「少しだけ分かる気がします」


師範は小さく笑った。


「そうか」


それ以上は教えてくれない。きっと自分で気付けということなのだろう。


「まずはな」


師範が言う。


「お前の周りを固めろ」


「……周り?」


「一人でなんとかしようとするな」


その一言が真守の胸に刺さる。


「お前は昔からそうだ」


静かな声だった。


「全部自分で抱え込む」


「……」


否定できなかった。


赤坂のことも、記憶のことも、会長のことも、結局、一人で解決しようとしていた。


「頼れ」


師範は短く言う。


「それができて初めて前に進める」


その言葉は妙に重かった。

同時に、どこか優しかった。だからこそ胸に残る。


その後は子供たちの指導を手伝った。


上手くできずに何度も失敗する子、焦って空回りしている子、昔の自分を見ているようだった。


「力入りすぎだな」


肩に手を置く。


「そんなに焦らなくていい」


子供は真剣な顔で頷く。


「ゆっくりでいいから、ちゃんとやれ」


「……押忍!」


元気な返事。


その姿を見ながら、真守は少しだけ笑った。


焦っているのは自分の方かもしれない。そんなことを思った。


やがて稽古が終わる。


道場を出る頃には空が少し赤く染まり始めていた。


帰り道、師範の言葉を何度も思い返す。

迷いは二つ。そのうちの一つは自分で解決できる。周りを頼れ。一人で抱え込むな。


「……」


赤坂のことではない気がした。会長のことでもない。もっと近くにある何か。

ずっと見ているはずなのに、見ようとしていない何か。


「……覚悟、か」


小さく呟く。


そして寮へ戻り、玄関を開ける。リビングでは白ヶ崎が相変わらず本を読んでいた。


真守が入ってくると、すぐに顔を上げる。赤い瞳がこちらを見る。


「……どうだったの」


静かな声だった。


「……別に、大きな進展はない」


正直に答える。


白ヶ崎は黙って聞いている。


「ただ」


真守は少しだけ視線を落とした。


「覚悟が足りなかったかもしれないって思った」


「……覚悟?」


「ああ」


頷く。


「なんか言われた通り、中途半端だったのかもな」


言いながら苦笑する。


白ヶ崎は何も言わない。ただ静かにこちらを見ている。その視線の意味に、真守は気付かない。


「……そっか」


返ってきたのは短い言葉だった。けれど、その声は少しだけ寂しそうだった。

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