193話 俺×滞り=少しずつズレていきます。
それから一週間が経った。何かが大きく動いたわけでもない。
赤坂に関する新しい情報は手に入らず、施設から連絡が来ることもなかった。
会長についても同じだった。
あの日から注意して見てはいるものの、決定的な違和感を掴むことはできない。
生徒会では相変わらず穏やかな笑顔を浮かべているし、仕事もいつも通りこなしている。
疑う材料はある、けれど確信には届かない。そんな状態が続いていた。
「……」
教室の窓際。文化祭が終わった後に席替えがあった。今は窓際に移動して、右斜め前には白ヶ崎がいた。
真守は頬杖をつきながら外を眺めていた。
秋の空は高く、雲はゆっくりと流れている。グラウンドでは、また体育の授業が行われていた。
聞こえてくる笛の音、生徒たちの笑い声、どれも平和そのものだった。
学校は変わらない。文化祭が終わっても、赤坂がいなくなっても、誰かが悩んでいても、世界は驚くほど普通に回り続ける。
「……」
真守は視線を前へ向けた。
白ヶ崎の後ろ姿が見える。
以前と何も変わらない。背筋を伸ばして座り、授業を受けている。教師に指名されれば答えるし、ノートも取っている。周囲から見れば、何一つ変わっていない。
それなのに。
「……」
どこか遠い、そんな感覚があった。
別に避けられているわけじゃない。話しかければ返事も返ってくる。昼休みに一緒にいることもある。生徒会帰りに並んで歩くことだってある。
それなのに、以前より少しだけ距離がある気がした。ほんの少し、誰も気付かないくらいの差。
けれど、真守だけは気付いていた。
「……」
理由も分かっている気がする。
だけど認めたくなかった。認めたら、自分が何かをしなければいけない気がしたからだ。
結局そのまま一週間が過ぎた。
時間だけが進んでいく。何も解決しないまま、何も変わらないまま、そして日曜日。
学校は休みだった。
朝から部屋で考え事をしていた真守は、小さく息を吐く。
机の上にはメモ帳、赤坂についてまとめた内容、施設の名前、会長について気になったこと、いくつもの文字が並んでいる。
けれど、それらを見ても新しい答えは出てこない。
「……」
同じところをぐるぐる回っている、そんな感覚だった。
黒ヶ峰に言われた言葉を思い出す。
見えてるところを見ろ。
確かにその通りなのかもしれない。でも、今の自分にはその見えている場所すら分からなくなっていた。
「……もう一回、行くか」
ぽつりと呟く。
頭に浮かんだのは道場だった。
師範、赤坂、過去、今の自分に繋がっている場所。
理由は説明できない。それでも、行かなければいけない気がした。
真守は立ち上がる。
適当に準備を済ませ、部屋を出た。そのまま、リビングへ向かう。
休日の寮は平日とは空気が違う。どこかゆったりしていて、時間がゆっくり流れているように感じる。
リビングに入ると、真希那がソファに寝転がりながらテレビを見ていた。白ヶ崎はテーブルで本を読んでいる。
静かな休日だった。
「どこ行くの?」
真希那が真っ先に反応した。
真守は少しだけ考える。別に隠す必要はない。けれど説明する気力もなかった。
「……ちょっとな」
曖昧に答える。
真希那は不満そうな顔をした。
その時だった、白ヶ崎が本から視線を上げる。赤い瞳が真守を見る。
「……道場?」
「……ああ」
短く返す。
白ヶ崎は何も言わない。数秒だけ沈黙が落ちる。真希那も空気を読んだのか黙っていた。
そして。
「……私も行く」
白ヶ崎が言った。
真守は反射的に返す。
「いや」
ほとんど考えていなかった。口から勝手に出たような言葉だった。
白ヶ崎が小さく瞬きをする。
「今回は一人で行く」
静かな声だった。けれど拒絶には違いない。
白ヶ崎は少しだけ視線を落とす。
「……なんで?」
小さな声だった。責めるような声ではない、ただ理由を知りたいだけ。そんな声だった。
「……」
真守は言葉を探す。
けれど上手く説明できない。
本当は自分でも分かっていなかった。ただ、誰かと一緒に行く気分じゃなかった。
「ちょっと整理したいだけだし」
結局、そんな言葉しか出てこない。
白ヶ崎は数秒だけ黙っていた。
それから。
「……そっか」
小さく答えた。
それだけだった。引き止めることもない、文句を言うこともない、ただ受け入れる。
その反応が、なぜか少しだけ胸に引っかかった。
「……」
何か言うべきだっただろうか。
そんな考えが頭をよぎる。けれど、すぐに消える。今はそんなことを考えている場合じゃない。
そう自分に言い聞かせる。
「行ってくる」
短く告げる。
玄関へ向かい、靴を履く。そして、ドアノブに手をかけた時だった。
「……無理しないでね」
背中から声が届く。
白ヶ崎だった。
真守は振り返らない。振り返る理由が見つからなかった。
「……ああ」
短く返事をする。
そして外へ出た。
空気は少し冷たかった。秋も終わりに近付いている。吐いた息が白くなるほどではない。けれど、確実に季節は進んでいた。
電車を降りて、真守は歩き始める。
道場までの道は何度か通ったはずなのに、妙に長く感じた。足取りに迷いはない。進む場所も決まっている。
それなのに。
「……」
さっきの白ヶ崎の表情が頭から離れない。
ほんの一瞬だけ見せた沈黙、小さな返事。いつも通りのようでいて、どこか違った。
「……」
違和感はある。けれど今は考えない。考えるべきことは他にある。
赤坂のこと、会長のこと、過去のこと、今はそっちが先だ。
そう思い込むように歩く。
道場への道は真っ直ぐ続いていた。真守の足も前へ進んでいる。
それなのに、気付かないうちに何かだけが少しずつズレ始めていた。




