190話 俺×昼休み=やっぱり騒がしいです。
『赤坂さんのこと?』
「はい」
少し気まずい空気が流れる。電話越しでもわかる。葵は少し警戒したような口調になっていた。
「生徒会室に忍び込んでた当時は、様子どうでした?」
『……どうって?』
「なんか変わった感じとか」
『うーん……』
少し考える間。
『特に変わった感じはなかったかな』
「……そうですか」
『いつも通りっていうか、普通だったよ』
警戒が解けたのか、淡々とした答えになる。
「……」
『でもさ』
葵が続ける。
『こうやって電話できるの、ちょっと嬉しいかも』
「……は?」
『学校行けないし、暇だし』
軽く笑う声。
「……」
少しだけ困る。
「……まあ、暇ならまたかけます」
適当に返す。
『ほんと?』
「はい」
『じゃあ待ってる』
少しだけ弾んだ声だった。
「……」
真守は返事をしなかった。
返したら余計な期待をさせる気がしたし、何より今はそんな余裕がなかった。
「そしたら、失礼します」
『うん』
短いやり取りのあと、通話が切れる。スマホの画面が暗くなる。
生徒会室には、再び静かな空気が戻っていた。
「……」
真守は椅子の背もたれに体を預ける。
小さく息を吐いた。
窓の外では運動部の掛け声が聞こえる。廊下からは生徒たちの話し声、教室移動の足音、どれもいつも通りだった。
学校は何も変わっていない。文化祭が終わったあとも、赤坂がいなくなったあとも、時間だけは、当たり前みたいに進み続けている。
「……」
視線を落とす。
机の上には未処理の書類、生徒会の仕事、やるべきことは山ほどある。それなのに、頭の中には赤坂のことばかりが浮かんでいた。
施設の職員の言葉、会わせられないという拒絶、届かなかった声、返ってこなかった返事。
「……」
会えなかった、それが思っていた以上に重かった。
何かが分かったわけじゃない、むしろ分からないことが増えただけだ。
それでも——。
「……」
赤坂は確かにそこにいた。それだけは事実だった。だから諦める理由にはならない。
小さく息を吐き、書類へ視線を戻す。今できることをやるしかない、そう思った時だった。
——グゥゥゥ。
腹の虫が遠慮なく鳴いた。
「……」
静かな生徒会室に妙に響く。
近くにいた黒ヶ峰が一瞬だけこちらを見る。真守は無言で視線を逸らした。
「……腹減った」
時計を見る。ちょうど昼休みが始まる時間だった。仕事を一旦区切り、椅子から立ち上がる。
考え事をしていたせいで、朝からほとんど何も食べていない。
「食堂行くか」
そう呟いて、生徒会室を後にした。
窓の外を見る。
グラウンドには文化祭の片付けで残った資材がまだ置かれていた。
つい、この前まで祭りだったとは思えないほど、学校はいつもの姿へ戻りつつある。
それなのに、真守の中だけはまだ昨日の続きだった。解決していないことが、全部が胸の奥に残っている。
「……」
小さく息を吐く。
廊下はいつもより賑やかだった。
「文化祭の動画見た?」
「それ俺映ってるやつ!」
「あの出し物マジで面白かったよな」
そんな会話があちこちから聞こえる。
笑い声が多い。
みんな文化祭の余韻に浸っている。それは決して悪いことじゃない。むしろ普通だ。
けれど——
「……」
自分だけ少しズレている。そんな感覚が消えなかった。一日目以降、自分は文化祭の続きをしていなかった。
過去を追いかけていた、赤坂を探していた。だからだろうか、周囲と同じ景色を見ているはずなのに、どこか距離を感じる。
食堂へ入る。途端に騒音が押し寄せてきた。生徒たちの話し声、食器の音、注文を呼ぶ声。相変わらず賑やかだ。
「お、楽々浦!」
聞き慣れた声が飛んでくる。
神宮丸だった。
「こっちこっち!」
大きく手を振っている。
「……うるせぇな」
そう言いながら近づく。
その隣には白ヶ崎もいた。
「……いつものか」
自然とその席へ向かう。神宮丸の向かい、白ヶ崎の隣、気づけばいつもの配置だった。
「座れ座れ!」
「ああ」
トレーを置いて腰を下ろす。
その瞬間だった。
違和感に気づく。
「……」
白ヶ崎の機嫌が悪い、それもかなり。普段の無表情とは違う、明らかに空気が重い。
神宮丸も少し困った顔をしていた。
「……どうした?」
真守が聞く。
「別に」
即答だった。
それが余計に怪しい。
「どうでもいいでしょ」
「どうでもよくねぇだろ!」
神宮丸が食いつく。
勢いよく身を乗り出す。
「文化祭二日目だぞ!?」
「……」
白ヶ崎は反応しない。
「途中で帰ったんだぞ!?」
「だから?」
淡々としている。
「どれだけ準備したと思ってんだよ!」
神宮丸の熱量がすごい。
「俺たち何日も残って——」
「うるさい」
一言だった。
それだけで神宮丸が黙る。
食堂の喧騒の中、その周囲だけ少し静かになる。
「……」
真守は思わず苦笑した。
白ヶ崎が本気で機嫌が悪い時はこうなる。神宮丸でも止められない。
「……」
ふと視線を動かす。
その時だった。
「あ」
見つける。
少し離れた席、一人で昼食を取っている人物。長い金髪、整った横顔、夢百合奏だった。
「楽々浦」
神宮丸がニヤニヤし始める。
嫌な予感しかしない。
「……なんだよ」
「行け」
「は?」
「声かけろ」
「なんでだよ」
「いいから!」
本当に面倒くさい。けれど神宮丸は引かない。白ヶ崎は無言。その無言が逆に怖い。
「……はぁ」
ため息を吐く。
「めんどくせぇな」
席を立ち、奏の元へ向かう。近づくにつれて少しだけ緊張する。
以前なら絶対に近づかなかった相手だ。それでも今は違う、少なくとも首を絞められる可能性は低くなった。
……多分。
「……あの」
軽く声をかけると、奏が顔を上げた。一瞬だけ驚いた顔。それから、ふっと表情が柔らかくなった。
「あれ、真守じゃん」
自然な声だった。
以前の棘だらけの口調とは少し違う。
「どうしたの?」
「いや……」
少しだけ言葉を探す。
「一人だったので」
「ふーん」
じっと見られる。
少し居心地が悪い。
「……一緒に食べませんか」
言った瞬間、自分でも変な誘い方だと思った。
けれど。
「いいよ、別に」
奏はあっさり頷いた。まるで最初から断る気がなかったみたいに。
席へ戻る。
奏が自然に真守の隣へ座る、その瞬間だった。
「……」
白ヶ崎の視線が刺さる。
怖い。
「……ふーん」
小さく呟く。それだけなのに圧がある。
「奏先輩!」
神宮丸は全く気づいていない。お構いなしに、元気よく話しかける。
「文化祭どうでした!?」
「んー」
奏が少し考える。
「普通かな」
「普通!?」
神宮丸が大袈裟に反応する。
「もっとこう……!」
「いや普通だったよ」
奏は笑う。
「出店回ったし」
「他には!?」
「食べた」
「感想は!?」
「美味しかった」
「雑すぎません!?」
神宮丸が絶叫する。
その様子に奏が少し笑った。
「……あ、それ前もやったやつでしょ」
「え?」
「質問攻め」
奏が指摘する。
「あー」
真守は納得した。
以前も似たようなことがあった。
「もういいよそれ」
奏が呆れたように言う。
「学習しなよ」
「……」
神宮丸が固まる。
「マジか……」
本気でショックを受けていた。
「ざまぁねぇな」
思わず真守は笑う。
久しぶりに自然と笑った気がした。
騒がしい、くだらない、でも悪くない、そんな昼休みだった。
やがて昼食も終わる。
奏が立ち上がる。
「じゃあね」
「はい」
真守も頷く。
「教室戻るから」
「お疲れ様です」
奏は少しだけ笑った。
そして。
「またね、真守」
自然にそう言った。以前では考えられないほど柔らかい声だった。
「……はい」
真守も軽く手を振る。
奏はそのまま去っていった。
「……」
白ヶ崎の視線が残る。
「なに」
「別に」
即答。
怖い。絶対何かある。けれど今は聞かない方がいい気がした。
そのまま三人で教室へ戻る。
廊下を歩く。
「なぁ楽々浦」
神宮丸が隣へ並ぶ。
嫌な予感しかしない。
「なんだよ」
「頼みがある」
「嫌な予感しかしねぇ」
「奏先輩と繋げてくれ」
即答だった。
「無理だ」
「なんでだよ!」
「お前殺されるぞ」
さらっと言う。
「……」
神宮丸が真顔になる。
数秒。
それから。
「……あんな美人に殺されるなら本望だわ」
本気だった。
「バカかお前」
真守は吹き出した。
「頼むって!」
「無理だっての」
「ケチ!」
「ケチじゃねぇよ」
「じゃあ紹介しろ!」
「だから無理だ!」
くだらない言い合いを続けながら歩く。さっきまで感じていたズレが、ほんの少しだけ薄くなった気がした。
やっぱり、騒がしいのは疲れる。
でも。
一人で考え込むよりは、ずっとマシなのかもしれなかった。




