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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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188/228

187話 俺×施設=届かない声がありました。

隣町の駅から歩いて二十分ほど、住宅街の中を抜けた先に、その施設はあった。


高い塀があるわけでもない。豪華な建物でもない。どこにでもありそうな、少し大きな家のような外観。


だからこそ、不思議だった。


師範から話を聞くまでは、この場所が赤坂の過去と繋がっているなんて想像もしていなかった。


「……ここか」


真守は足を止める。


目の前には小さな門。


植え込みは綺麗に整えられていて、玄関先には色とりどりの花が並んでいた。それと、子供が描いたのだろうか、入口付近には少し歪な動物のイラストや折り紙の飾りも見える。


明るい場所だった。それなのに、胸の奥だけが重かった。


「……うん」


隣で白ヶ崎が小さく頷く。


その声も、いつもより少しだけ静かだった。


二人とも分かっている。ここに来れば何か分かるかもしれない。けれど同時に、知りたくない何かを知ってしまうかもしれない。


そんな場所だった。


「……」


門の前で立ち止まる。


ここまで来る間に迷いはなかった。


電車の中でも、駅から歩く途中でも、施設へ向かうことは決まっていた。

それなのに、目の前まで来ると足が止まる。


「……行くか」


自分に言い聞かせるように呟く。


「……うん」


白ヶ崎も短く返した。


それだけで十分だった。


真守は門をくぐる。


砂利を踏む音が小さく響く。玄関までの数メートルが妙に長く感じた。

そして、インターホンの前に立つ。


「……」


指が止まる。


あと一歩で何かが変わる気がした。けれど、もう引き返すつもりはなかった。


ピンポーン。


乾いた電子音が静かな施設の中へ消えていく。しばらく待つ。その時間が妙に長い。


やがて、カチャリ、と扉が開いた。現れたのは四十代くらいの女性だった。優しそうな顔立ち、けれど職員らしい落ち着いた雰囲もある。


「はい」


柔らかな声。


真守は一度息を吸った。


「……すみません」


喉が少しだけ乾いている。


「赤坂唯さんのことで、少しお話を——」


その名前を口にした瞬間だった。


ほんの一瞬、本当に一瞬だけ。女性の表情が止まった。気づかない人なら見逃すくらいの変化。けれど真守は見逃さなかった。


「……」


空気が変わる。静かに、けれど確実に。

女性はすぐに表情を整える。何事もなかったように。


「……申し訳ありませんが」


丁寧な声だった。


「お取り次ぎすることはできません」


「……え?」


予想していなかったわけじゃない。それでも思わず声が漏れた。


「本人の希望で、お会いすることはできないんです」


淡々としている。決められた説明をしているだけ。そんな口調だった。


「……本人の希望?」


「はい」


短い返事。


それ以上は続かない。


「……」


胸の奥がざわつく。


会いたくない?

赤坂先輩が?

自分に?


頭の中で言葉がうまく繋がらない。


「……会わせてください」


気づけば口が動いていた。


「少しでいいんです」


視線を逸らさない。


「話したいことがあるんです」


女性は静かに首を振る。


「……申し訳ありません」


同じ返答だった。


「規則ですので」


「……」


納得できない。


ここまで来たのに、ようやく辿り着いたのに、また何も分からないまま終わるのか。


「……俺」


言葉を探す。


喉の奥が熱い。


「……謝りたいんです」


ようやく出た言葉だった。


「ちゃんと顔を見て」


「……」


女性は何も言わない。ただ悲しそうに目を伏せた。その沈黙が逆に答えだった。


「……」


胸が苦しくなる。


施設の奥を見る。玄関、廊下、階段、どこかにいる、そんな気がした。


いや、確信に近かった。


「……いるんですよね」


ぽつりと呟く。


女性の肩がわずかに揺れた。それだけで十分だった。いる、赤坂はここにいる。


「……」


真守は一歩前に出る。


「会わせてください」


もう一度言う。


声が少しだけ震える。


「……できません」


返事は変わらない。


その瞬間だった。


何かが切れた。


「……っ」


胸の奥に押し込めていた感情が溢れる。


事故のこと、記憶のこと、ずっと会えなかったこと、全部。全部が一気に押し寄せてきた。


「赤坂先輩ッ!!」


施設中に響くほどの声だった。


自分でも驚くくらい大きな声。


「いるんだろ!!」


静かな住宅街に響く。


「俺はただ——」


喉が痛い。


それでも止まらない。


「謝りたいんだよ……!!」


叫ぶ、絞り出す、今まで言えなかった言葉を、ずっと届かなかった言葉を。


「ごめんって言いたいだけなんだよ……!」


声が震える。


情けないくらい、格好悪いくらい、それでも止められなかった。


「……」


返事はない。


施設は静かなままだ。


窓も、扉も、何も動かない。それでも、真守は確かに感じた。

二階の窓、カーテンがほんの少しだけ揺れた気がした。本当に揺れたのか、ただの風だったのか、分からない。


でも、そこに誰かがいるような気がした。


「やめてください!」


職員の声が飛ぶ。


そこでようやく我に返る。


「……」


現実が戻ってくる。


息が荒い。拳を握っている。情けない、本当に情けない。けれど、もう何も言えなかった。


静かになる。さっきまでの叫び声が嘘みたいに、風だけが吹いていた。

植え込みの葉が揺れ、遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。


それだけだった。


しばらくその場に立ち尽くす。返事を待つみたいに、何かが起きるのを期待するみたいに。


けれど、何も起きなかった。

赤坂は出てこない。

声も届かない。


「……行こう」


隣から白ヶ崎の声がする。


優しい声だった。無理に引っ張らない、ただ隣にいてくれる声。


「……」


真守は少しだけ目を閉じる。


それから。


「ああ」


短く返した。


施設を後にする。


振り返らない。振り返ったら足が止まる気がした。そのまま、住宅街を歩く。二人とも何も言わない。言葉が見つからなかった。


聞きたいことは山ほどある。それなのに、今は何も口にしたくなかった。


「……」


赤坂はいる。確実に、この施設に。それだけは分かった。

それなのに、会えない。会おうとしても、声を届けようとしても、拒絶される。


「……なんでだよ」


小さく漏れる。


誰に向けた言葉でもなかった。


白ヶ崎は何も聞かなかった。ただ隣を歩いている。その距離だけが、今は少しだけ救いだった。


秋の風が吹く。


空は少しずつ夕方へ変わり始めていた。それでも、真守の胸の中だけは、重いままだった。

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