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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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183話 俺×忘れ物=騒がしく始まりました。

——ピンポーン。


ぼんやりとした意識の中で、インターホンの音が鳴る。

夢と現実の境目を漂っていた思考が、わずかに浮上した。


まだ眠い。


布団の温もりが気持ちよくて、できることならもう少しだけこのままでいたかった。


窓の外は薄く明るくなり始めている。朝ではあるけれど、休日の朝としては明らかに早い。


——ピンポーン。


——ピンポーン。


——ピンポーン。


「……」


しつこい。


しかも一回ごとに間隔が短くなっている気がする。


誰だよ。


宅配にしては粘りすぎだった。なんなら、近所迷惑にならないか心配になるレベルだ。


「……ん」


重たい身体を起こす。もちろん、頭はまだ働いていない。欠伸を噛み殺しながら、なんとなくスマホへ手を伸ばした。


画面を点ける。


そして。


「……は?」


一瞬で目が覚めた。


ロック画面を埋め尽くす通知、着信履歴、メッセージ、不在着信、全部、同じ名前だった。


『真希ねぇ』


「……」


スクロールする。


まだ続く、さらに続く。どこまでいくんだこれ、軽く二桁じゃない、下手したら三桁近い。


通知欄が真希那で埋まっている。


もう、それはホラーだった。


「……やば」


昨日のことを思い出す。


実家へ帰り、白ヶ崎と本当の再会をする。道場などの過去の話を聞く。


色々ありすぎて——スマホを完全に放置していた。


「……」


そりゃ怒るかもしれない。いや、怒るだけならまだいい。真希那の場合はもっと面倒だ。


——ピンポーンッ!!


今までで一番大きな音が響く。もう隠す気がない。完全に、すぐそこに来ている。


「……来てるな」


確信する。 


これ以上放置したら玄関ごと破壊しかねない勢いだった。


真守は深く息を吐き、覚悟を決める。そして玄関へ向かった。

鍵を開け、ゆっくり扉を開く。


そこにいたのは——


「……」


鬼だった。


いや、正確には姉だった。でも今の表情だけ見れば鬼だ。般若と言われても納得できる。


「まーくん」


低い声。笑顔はなく、目だけが据わっている。


怖い、純粋に怖い。


「なんで連絡返さないの?」


「……」


終わった。


「いや、ごめん。スマホ見てなかった」


慌てて謝る。


その瞬間だった。


「……」


「……え?」


ぽろり、と涙が落ちる。本当に落ちた。これは、演技じゃない。そして、そのまま勢いよく泣き始めた。


「心配したんだから……!」


「……」


怒る流れじゃなかったのか。


予想が外れた。というか、それどころではない。近所の人が通報しそうな勢いで泣いている。


朝っぱらからこれはまずい。


「ごめんって」


とりあえず宥めるために、頭を撫でる。その次に謝る。それでも関係なく泣き続けた。もう、これは完全に詰みだ。


「……とりあえず中入れ」


「……うん……」


しゃくり上げながら頷く。


そのまま家へ上げ、リビングへ向かうと。


「……騒がしいわね」


母親の声が飛んできた。


「……あら」


こちらを見る。


泣いている真希那を見る、真守を見る、そして状況を理解する。


「ああ」


という顔になった。完全に慣れているし、呆れている。


「おかえり」


「ただいま……」


泣きながら返事する真希那。


「朝から元気ね」


「元気じゃないもん!」


「はいはい」


軽く流される。


その温度差がひどかった。それを見た真守は思わず苦笑する。


「で?」


腕を組む。


「なんでこんな朝から来てるの?」


「だって!」


即座に食いつく真希那。


「まーくんが連絡返さないから!」


「それは真守が悪いわね」


「でしょ!?」


即同意。


援軍を得た真希那が勢いを取り戻す。


完全に不利だった。

味方がいない。


「でも」


母親が続ける。


「泣くほどじゃないでしょ」


「あるもん……」


まだ涙目のまま真守を見る。


「心配したんだから……」


その言葉だけは本気だった。


真守は少しだけ視線を逸らす。


「……ごめん」


素直に謝るしかなかった。


その時。


ガチャ。


奥の部屋から扉が開く音がした。


「……騒がしい」


眠そうな声。


寝癖が少し残ったままの白ヶ崎が姿を見せる。そして、空気が止まった。


「……は?」


真希那が固まる。


数秒遅れて理解する。


「……なんでいるの」


ゆっくりと真守へ視線が向く。


嫌な予感しかしない。


「まーくん?」


声が怖い。


笑顔なのに怖い。


「いや、その」


言い訳を考える。


でも間に合わない。


「抜け駆け!?」


爆発した。


家中に響く声。母親が思わず、耳を塞ぐ。


「咲音ちゃんは自分の部屋に戻るって言ってたのに!なんで一緒にいるの!?」


「だから違うって!」


「何が!?」


「……」


詰む。


完全に詰む。


横を見ると、白ヶ崎は小さくため息を吐いていた。


「……朝から元気ね」


呆れたような声。


「元気じゃない!」


即答。


「そう」


白ヶ崎は軽く流す。


温度差が酷い。


結局。


その後しばらく真希那を落ち着かせるのに時間がかかった。


なんとか真希那を落ち着かせた頃には、すっかり朝の静けさは消えていた。さっきまでの穏やかな実家の空気が嘘みたいだ。


「……はぁ」


真守は小さく息を吐く。


疲れた。まだ何もしていないのに、もう一日分くらいの体力を使った気がする。


「納得してないからね」


ソファに座った真希那が頬を膨らませる。


「何をだよ」


「全部」


雑だった。


だが真希那らしい。


「咲音ちゃんも」


「何?」


白ヶ崎が視線を向ける。


「夜、何してたの?」


「寝てた」


即答。


「怪しい」


「怪しくない」


「怪しい」


「怪しくない」


小学生みたいなやり取りが始まる。


真守は頭を抱えた。


母親はそんな様子を見ながら楽しそうに笑っている。完全に面白がっていた。


「仲良しねぇ」


「仲良くない!」


真希那が即否定する。


「そこまで否定しなくてもいいだろ……」


思わず真守が呟く。


すると今度は白ヶ崎が小さく吹き出した。


「ふふ」


「なんで笑うの」


「別に」


少しだけ機嫌が良さそうだった。


昨日の夜、初恋の記憶、病院の写真。色んなことがあった。それでも今こうして笑っている。その姿を見ると、少しだけ安心する。


「……」


真守は視線を落とした。


今日やるべきことを思い出す。


空手道場。全部が繋がっている気がする。だからこそ、行かなければならない。


「……とりあえず」


真守は立ち上がった。


三人の視線が集まる。


「俺、ちょっと出てくる」


「どこに?」


真希那がすぐに反応する。


「……道場」


「道場?」


「昔、通ってたところ」


「え?」


真希那が首を傾げる。


「まーくん思い出したの?」


「いや、全て思い出したわけじゃない」


記憶が曖昧だが、身体が覚えている感覚があるのは間違いない。それが気になっている。


「一人で?」


真希那が聞く。


「一人で」


「私も行く」


「いや」


即答する。


「なんで!?」


「なんでじゃない」


思わず苦笑する。


「ちょっと、一人で確認したいことがあるんだよ」


真希那が不満そうに唇を尖らせる。納得していない顔だ。だが、それ以上は言わなかった。


代わりに。


「……気を付けてね」


小さくそう言った。


真守は少し驚く。


「おう」


短く返す。


すると今度は白ヶ崎が口を開いた。


「……無理しないで」


静かな声だった。


「何か分かったら連絡して」


「……ああ」


自然に頷く。その言葉だけで十分だった。


母親は何も言わない。ただ静かに真守を見ている。まるで、この流れを予想していたみたいに。


「行ってきます」


玄関へ行き、靴を履く。そのまま、ドアノブに手をかける。その瞬間。


「まーくん」


真希那の声。


振り返る。


「ちゃんと帰ってくるんだよ」


「……」


一瞬だけ言葉に詰まる。


それから。


「当たり前だろ」


そう言って笑った。


玄関の扉を開く。


外の空気はひんやりとしていた。朝特有の静けさが街を包んでいる。さっきまでの騒がしさが嘘みたいだった。


深く息を吸う。冷たい空気が肺に入り、頭が少しだけ冴える。


「……」


歩き出す。


道はなんとなく覚えている。完全じゃないが、迷う感じはなかった。身体が覚えている、そんな感覚だった。


住宅街を抜ける。昔より少し景色は変わっていた。新しい家が建ち、知らない店も増えている。

それでも、曲がる角や、見慣れた公園は残っていた。


「……懐かしいな」


自然と呟く。


記憶が少しずつ浮かんでは消える。


子供の頃、走り回った道、転んで怪我をした場所、友達と遊んだ記憶。

全て断片的だった。それでも、確かに残っている。


しばらく歩いた頃だった。


古びた門が見えてくる。年季の入った木の看板。昔とほとんど変わっていない様子だった。


「……ここか」


胸の奥が少しだけ熱くなる。


懐かしい。


その感情が最初に来た。理由は分からない。でも、ここには何かがあると、そう思えた。


ギィ……


門を開く。


木が軋む音、それすら懐かしく感じる。

中へ足を踏み入れると、木の匂い、畳の香り、静かな空気、全てが遠い記憶を刺激してくる。


「……」


胸の奥がじんわりと温かくなる。帰ってきた、そんな感覚だった。


その時。


「おや」


後ろから声が聞こえた。


振り返る。


一人の男性が立っていた。年配だが背筋は真っ直ぐだった。穏やかな目、落ち着いた雰囲気。確かに、見覚えがある。でも、名前が出てこない。


「……」


真守が黙っていると、その人は小さく笑った。


「久しぶりだな」


優しい声だった。


「楽々浦」


名前を呼ばれる。


その瞬間、胸の奥で何かが揺れた。思い出せそうで、思い出せない、もどかしい感覚。


それでも。


「……久しぶりです」


自然とそう返していた。


そして男は、どこか懐かしそうに目を細めた。


「大きくなったな」


そう呟いた。

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