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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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182話 俺×余白=言葉はいりませんでした。

「ご飯できたわよー」


リビングの方から母親の明るい声が聞こえてくる。

その声に現実へ引き戻されるように、真守はゆっくりと顔を上げた。


窓の外では夕陽が傾き始めている。自室の中に差し込む光も、どこか柔らかかった。


「……行くか」


小さく呟く。


隣にいた白ヶ崎も静かに頷いた。


二人で部屋を出る。階段を降りる音が妙に懐かしかった。子供の頃から何度も聞いてきた音、何度も走り回った場所、けれど今日は少しだけ違う。


隣に白ヶ崎がいる。それだけで、いつも見慣れた景色が少しだけ新鮮に見えた。


リビングへ入ると、食卓には料理が並んでいた。


湯気の立つ味噌汁、焼き魚、肉じゃが。

どれも特別な料理じゃない。けれど、その匂いを吸い込んだ瞬間。


胸の奥が少しだけ緩んだ。


「ああ……」


思わず息が漏れる。


帰ってきたんだな、と。そんな当たり前の感覚が今さら湧いてくる。


「いただきます」

「いただきます」


二人で手を合わせる。


白ヶ崎は少しだけ背筋を伸ばしていた。


学校で見る姿とも、寮で見る姿とも違う。どこかよそ行きの顔。それが少しだけ面白かった。


「そんなに緊張しなくてもいいだろ」


思わず口に出る。


すると白ヶ崎は即座にこちらを見る。


「してない」


短い返事。


けれど、箸を持つ指先が少しだけ固い。


「してるじゃん」


「してない」


「してる」


「してない」


「ふふっ」


母親が楽しそうに笑った。


その笑い声に白ヶ崎が少しだけ視線を逸らす。耳がほんのり赤くなっている気がした。


「前より仲良くなったわよね」


母親が何気なく言う。


「……は?」


真守が固まる。


「そうですかね?」


白ヶ崎は首を傾げる。


その仕草が自然すぎて、余計に反応に困る。


「前に来た時より雰囲気が違うもの」


「……気のせいだろ」


「そういうことにしておくわ」


完全に面白がられている。


真守はため息を吐きながら味噌汁を口へ運んだ。


温かく、妙に落ち着く。隣を見ると、白ヶ崎も静かに食事をしていた。

母親の話に相槌を打ちながら、時々小さく笑っている。その横顔を見ていると、不思議な感覚になった。


病院で出会った女の子、ずっと忘れていた初恋、そして今、隣でご飯を食べている白ヶ崎。


全部が同じ人物だなんて、まだ現実感がない。


「……」


白ヶ崎がふと視線を向ける。


目が合う。すると、不思議そうに首を傾げた。


「何?」


「……いや」


慌てて視線を逸らす。


「なんでもない」


白ヶ崎は少しだけ笑った。


その笑顔を見た瞬間、写真の中で照れていた少女の顔が重なった。


「……」


胸の奥が少しだけくすぐったくなる。


食事は穏やかに進んでいった。


文化祭の話、神宮丸の話、夏休みにこの家へ遊びに来た時の話。どれも他愛のない内容だった。


けれど、その時間が妙に心地良かった。誰も急かさない、誰も傷つかない、ただ普通に笑っている、そんな時間だった。


食事が終わる。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


箸を置く。


母親が立ち上がる。


「二人は休んでていいわよ」


「手伝う」


真守が言う。


「いいの」


母親は笑った。


「今日くらいゆっくりしなさい」


そう言われると反論できない。白ヶ崎も同じだった。結局、二人でソファに座る。


キッチンから聞こえてくる食器の音。

流水の音、夕暮れの光、テレビもついていない静かな時間だった。


「……」


不思議と気まずくない。話題がなくても困らない。言葉がなくても落ち着く。


その空気が心地良かった。


「……」


白ヶ崎も何も言わない。


ただ隣にいる。それだけ、それなのに、妙な安心感があった。まるで昔からそうしていたみたいに。


「……」


ふと、白ヶ崎の肩が少しだけこちらへ寄る。意識したわけじゃない。自然に、本当に少しだけ。


けれど、その距離が妙に温かかった。


真守も何も言わない。白ヶ崎も何も言わない。今は、それで十分だった。


言葉にしてしまうと壊れてしまいそうな時間。


だから、二人とも何も言わなかった。


ただ同じ空間にいて、同じ夕暮れを見て、同じ静けさを共有する。そんな余白の時間が、ゆっくりと流れていった。


そして真守は思う。


ここからが、本題だ。


「……母さん」


ぽつりと声をかける。


「ん?」


キッチンから顔だけ出す。


「……ちょっと、いいかな」


「……」


その一瞬だけ。ほんのわずかに、母親の表情が変わった。


「いいわよ」


いつもの顔に、すぐに戻る。


そのまま、少しだけ場所を変える。白ヶ崎も隣にいた。


「……」


一呼吸置いてから、口を開く。


「……知ってるよな」


核心に踏み込む。


「赤坂さんのこと」


「……」


一瞬だけ、沈黙。


「……全部じゃないけどね」


母親が、静かに答える。


やっぱりか、と思う。


「……夏休みの時、来てただろ」


「ええ」


「その時、何かあったんだろ」


「……」


母親は、すぐには答えなかった。ただ、少しだけ視線を逸らす。


「……あの子ね」


ぽつりと呟く。


その声には、どこか含みがあった。


「悪い子じゃないわよ」


「……」


意外な言葉だった。


「むしろ」


少しだけ、優しくなる。


「不器用なだけ」


「……」


白ヶ崎が、わずかに反応するのが分かる。


「……あの子も、あなたのこと気にしてたわ」


「俺の?」


「ええ」


小さく頷く。


「でも——」


言葉が止まる。


「……それ以上は、今は言えない」


はっきりと言われる。


「……」


食い下がろうとして、やめる。ここで無理に聞いても、意味がない。


「……そうか」


短く返す。


「気になるなら」


母さんが続ける。


「行ってみなさい」


「……どこに?」


「昔、通ってたでしょ」


少しだけ微笑む。


「空手道場」


「……」


その言葉で、また一つ何かが繋がる気がした。


「……分かった」


小さく頷く。


その後は、深くは話さなかった。白ヶ崎も、何も言わない。ただ、静かに隣にいた。


部屋に戻る。


「……」


今日、一日のことを思い返す。過去のこと、白ヶ崎、赤坂。そして、空手道場。


「……」


考えることは、山ほどあった。


けれど——


今は、少しだけ疲れていた。そして、重い腰をベッドに下す。


「……」


とても静かだ。


少しだけ、息を吐く。


——コンコン


ノックの音がする。


「……どうぞ」


扉が開く。


白ヶ崎が立っていた。少しだけ、迷っているような表情。


「……どうした?」


「……」


一歩、部屋の中に入る。そして、少しだけ間を置いてから。


「……隣、いい?」


「……」


一瞬だけ、言葉に詰まる。


けど——


「……ああ」


自然に頷いていた。


「いいけど」


それを聞いた白ヶ崎が、小さく頷く。そのままベッドの端に、そっと座る。

距離は、近い。でも、触れるほどじゃない。そして、少しだけ間を空けて横になる。


「……」


天井を見上げる。


静かな時間。


「……今日は」


白ヶ崎が、小さく呟く。


「一緒にいたい気分だから」


「……」


理由としては、十分だった。


「……そっか」


それだけ返す。無理に深くは聞かない。


「……」


少しだけ、気配が近くなる。でも、それ以上は踏み込まない。ちょうどいい距離。


「……」


横を見ると、白ヶ崎はもう目を閉じていた。


呼吸が、ゆっくりと整っていく。さっきまでの緊張が、ほどけたみたいに。


「……」


小さく息を吐く。


今日、一日で色々なことが変わった。全部を理解できたわけじゃない。


でも——


確実に、前には進んでいる。


「……」


そのまま、目を閉じる。


考えるのはまた明日でいい。そう思った真守は静かな夜の中に意識を落としていった。

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