表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
PR
182/226

181話 俺×約束=重さが違います。

「……ずっと、会いたかったよ」


白ヶ崎の声が、静かな部屋に溶けていった。


ぽろり、と零れた涙が頬を伝う。泣いているはずなのに、不思議と悲しそうには見えなかった。


むしろ——


長い長い時間をかけてようやく、なにかに辿り着いた人の顔だった。


「真守くん」


名前を呼ばれる。たったそれだけなのに、胸の奥がざわつく。


前から呼ばれていたはずなのに、今まで何度も聞いていたはずなのに、今日のその呼び方だけは、少し違って聞こえた。


「……」


何か言わなきゃいけない。そう思うが、言葉が出ない。


頭の中では、さっき見た写真と、断片的に戻った記憶がゆっくりと繋がっていた。

病院の廊下、白い包帯、窓際に立つ女の子。


そして——


自分を見て、少しだけ笑った顔。


「……ごめん」


ようやく出た言葉は、それだった。


白ヶ崎が小さく首を傾げる。


「全部思い出せたわけじゃなくて」


正直に言う。


嘘はつきたくなかった。


「……でも」


写真を見る。


少し色褪せた一枚の写真。そこにいる二人は、今よりずっと幼い。


「なんとなく分かる」


静かに続ける。


「俺、この子のこと好きだったんだろうなって」


「……」


白ヶ崎の肩が小さく揺れた。


笑ったのか、泣いたのか、そのどちらなのか分からないくらい、微かな反応だった。


「……あの時の子なんだよな」


確かめるように言う。


白ヶ崎はゆっくりと頷いた。


「うん」


それだけ。


それだけなのに。


胸の奥で何かが静かに落ち着いていく。

ずっと引っかかっていた欠片が、ようやく正しい場所に戻ったような感覚だった。


「……そっか」


自然と笑みが漏れる。


すると白ヶ崎も、少しだけ笑った。それは学校で見せる笑顔とは違った。


もっと柔らかくて、もっと幼くて、写真の中の女の子が、そのまま大人になったような笑顔だった。


「……あのさ」


白ヶ崎が小さく口を開く。


「覚えてる?」


「何を?」


「最後の日」


視線を落としながら続ける。


「別れる時」


「……」


記憶を探る。


ぼんやりとした景色、夕方の病院、帰り際、写真を撮った後。


そして――


「……ああ」


思い出した。


「言ったな」


思わず苦笑する。


「何も考えてなかったと思うけど」


「うん」


白ヶ崎が小さく頷く。


その表情が少しだけ緊張していることに気付く。


「……また会えたら」


真守はゆっくりと言葉にする。


「結婚しようって」


部屋が静かになる。


時計の音だけが聞こえた。カチ、カチ、と、やけに大きく。


「……」


白ヶ崎は何も言わない。ただ唇を少しだけ噛んでいた。


「……子供だったしさ」


真守は頭を掻く。


「多分、深い意味なかったんだと思う」


恥ずかしくなって視線を逸らす。


「また会えたらいいな〜、みたいな感覚で——」


そこまで言って止まる。


ずっと、まっすぐ白ヶ崎が見ていた。


「……うん」


小さく返事をする。


その声は優しかった。優しかったけれど、少しだけ寂しそうだった。


「……覚えてたんだな」


真守が言う。


「そんな昔のこと」


「……ずっと」


白ヶ崎は即答した。

迷いなく、呼吸をするみたいに自然に。


「忘れたことなかった」


その言葉に、真守は返事ができなかった。


重さが違った。


自分の中では思い出の一つだったもの。けれど白ヶ崎にとっては違う。

ずっと消えなかった、ずっと残っていた。十年近く、ずっと。


「……すごいな」


ぽつりと漏れる。


「俺にはできないかもしれない」


「……そんなことない」


白ヶ崎が小さく首を振る。


「気付いてなかっただけで」


そう言って。


少しだけ笑った。


「真守くんも、ちゃんと覚えてた」


「……」


否定できなかった。


確かに忘れていた。でも完全に消えていたわけじゃない。


あの白い髪を見た時、あの写真を見た時、胸が痛くなった。


それはきっと——


どこかに、ずっと残っていたからだ。


「……」


窓の外で風が吹き、カーテンが揺れる。夕方が近づき、柔らかな光が部屋の中へ差し込んでいた。


二人は何も言わない。でも不思議と気まずくなかった。

むしろ、この沈黙を壊したくなかった。


「……」


白ヶ崎が少しだけ近付く。


肩が触れるか触れないかくらい。


本当に少しだけ。


けれど、その距離が妙に意識される。


「……」


真守は何も言わない。白ヶ崎も何も言わない。ただ同じ写真を見る。同じ過去を見る。


十年前、病院で出会った二人。その頃は、こんな未来になるなんて想像もしていなかった。


「……不思議だな」


真守が呟く。


「何が?」


「また会えたこと」


素直な言葉だった。


「……そうだね」


白ヶ崎も静かに頷く。


そして、ほんの少しだけ、本当に少しだけ。真守の肩へ身体を預けた。


「……」


何も言わない。


でも、その体温だけで十分だった。


長い時間をかけて辿り着いた答えが、今、確かにここにある気がした。


——ガチャッ。


玄関の開く音が響く。


「あらー!重かったー!」


母親の声。


一瞬で現実に引き戻される。


白ヶ崎が慌てて離れ、真守も反射的に姿勢を正す。


目が合う。


そして、どちらからともなく苦笑した。


「……行くか」


「……うん」


短いやり取り。


それだけで十分だった。


リビングへ向かう。


隣を歩く白ヶ崎との距離は、ほんの少しだけ近かった。


そして真守はまだ知らない。

この約束を、白ヶ崎がどれほど大切に抱え続けてきたのかを。


今はまだ——知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ