180話 私×初恋=あの日の続きでした。
小学生の私は、あまり笑わない子供だった。
笑えなかった、の方が正しいかもしれない。
鏡を見るたびに感じる違和感。
周りとは違う、白い髪。
それだけで、私は“普通じゃないもの”として見られていた。
最初は、ただの好奇心だった。
「どうしてその色なの?」
「触っていい?」
そんな言葉が、少しずつ変わっていく。
「気色悪い」
「触ったら、あの色が移るよ」
距離ができて、視線が変わって、気づけば誰も隣にいなくなっていた。
一人でいる時間が当たり前になって、それでも、どうにか耐えていた。
けれど——
ある日、限界が来た。
校舎の二階、窓越しに見える地面。
「……もういいや」
そう思った。怖くなかったわけじゃない。
でも、それ以上に——どうでもよかった。
踏み出した。その先の記憶は、曖昧だった。気がついた時には、病院のベッドの上にいた。
⸻
病院は静かだった。
けれど、その静けさは優しいものじゃない。
ただ、何もないだけの空間。それでも、学校よりはずっと楽だった。
窓の外を眺める時間だけが、少しだけ落ち着いた。
その日も、そうしていた。
——後ろから、声がした。
「……なぁ、俺、マモルって言うんだけど」
振り返る。
知らない男の子。どこにでもいそうな、普通の子。むしろ、少しだけ冴えない印象。
「……」
反射的に睨む。
関わりたくない、そう思って、そのまま逃げた。それで終わると思っていた。
でも——
次の日も、その次の日も、その子は話しかけてきた。
逃げても、逃げても。
何度も。
「……また来たの?」
初めて言葉を返した日。
正直、うんざりしていた。
でも、それ以上に——
少しだけ気になっていた。どうしてこの人は、こんなにしつこいのか、どうして諦めないのか。
「暇なんだよ、ここ」
そう言って笑う姿は、どこか無防備で。
「……バカみたい」
思わずそう言った。
それでも、その子は気にしなかった。
また話しかけてくる。そのうち、少しずつ話すようになった。
ほんの少しだけ。
「学校は?」
そう聞かれた時、少しだけ迷った。
でも、隠す意味もないと思った。
「……いじめられてるから」
淡々と話す。
感情を込めないように。壊れないように。
それでも、その子は——
否定しなかった。
「……そんなことねぇよ」
まっすぐな声だった。
「容姿とか、関係ねぇし」
「……」
信じられなかった。
だから、見せた。
包帯を外して、自分の髪を。
これを見ても、同じことが言えるのか。
そう思って。
でも——
「……綺麗だな」
その一言で、全部崩れた。
「すげぇ、綺麗」
もう一度言われる。
「……」
何も言えなかった。
ただ、頬が熱くなっていた。
あの時、初めて思った。
——この人は、違う。
それから、病院生活が少しだけ楽しみになった。
あの人に会えるから。
それだけで、少しだけ世界が優しくなった。
⸻
でも、その時間は終わる。
「もう来なくていいですね」
あの人が、そう言われた日。
怪我は治っていた。
もう、終わりだった。
「……あのさ」
その子が言った。
「写真、撮らない?」
「……なんで」
「思い出」
それだけだった。
少しだけ迷って、それでも頷いた。
それが——最後。
⸻
それから、何年も経った。
高校の入学式の日、私は少し遅れて教室に入った。
理由は、特にない。ただ、人混みが苦手だっただけ。
席に座り、一通り担任の挨拶が終わる。これから自己紹介、という流れ。
教室の空気は、少しずつ落ち着いていた。
「……」
特に興味はない。
周りの生徒を軽く見ながら、時間が過ぎるのを待つ。
その時だった。
ガラッ——
教室の扉が、勢いよく開く。
空気が、一瞬で変わる。
全員の視線が、そちらに向く。
遅れて入ってきた生徒。
「……」
ざわつきが広がる。
「遅刻?」
「初日から?」
ひそひそとした声。
小さな笑いが起こり、歓迎されていない空気。
「……」
私も、その流れの中にいた。特別何かを思ったわけじゃない。
ただ——
“印象が悪い”
それだけ。
視線を向ける。
そこにいたのは、一人の男子。少し慌てた様子で教室に入ってくる。
「……」
冴えない。
それが、最初の印象だった。
目立たない、かっこいいわけでもない、むしろ、頼りない。私の関わるタイプじゃない。
そう思った。
——そのはずだった。
「……?」
ほんの一瞬だけ、違和感が走る。
何かが引っかかる。でも、それが何なのか分からない。
「……気のせい」
そう思って、視線を外した。
その時はまだ——気づいていなかった。
「楽々浦真守です」
名前が呼ばれる。
その瞬間、心臓が、大きく鳴った。
「……え」
息が、止まる。
その名前。
その声。
その雰囲気。
全部が——
繋がる。
でも。
「……違う」
否定する。
そんな都合のいい話、あるはずがない。
それでも、彼から目が離せなかった。
⸻
気づけば、話しかけていた。
「楽々浦くん?」
振り向いた顔、その反応。
全部が——あの頃のまま。
「は、ふぁいっ!!」
盛大に噛む。
それを見た瞬間、確信しかけた。
でも、怖くなった。違っていたら、また失うのが怖くて。
だから——
素直に話せなかった。
「なんで私があなたと話さなきゃいけないのよ」
本当は、違う。
聞きたいことがあった。覚えてるのか、とか、あの時のこと、とか。
でも、全部は言えなかった。
「罰ゲームよ」
嘘をつく。
距離を取るための言葉、自分を守るための言葉。
それでも——
話したかった。だから、離れなかった。
⸻
後で、一人になった時。
すごく後悔した。どうして、あんな言い方しかできなかったのか、どうして、素直になれなかったのか。
分かっていた。
怖かっただけだ。また失うのが、また、一人になるのが。
それでも。
少しずつ、話せるようになった。
時間をかけて、距離を縮めて。
あの頃みたいに。
「……」
意識が、今に戻る。
目の前には、真守くんがいる。
手には、あの写真。あの日の、最後の記憶。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
ずっと探していた、ずっと会いたかった。
あの時の続きを。
やっと——見つけた。
心の中で、そっと呟く。
これが、私の初恋の人。
そして——
……ずっと、好きな人。




