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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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179話 俺×初恋=辿り着きました。

指先に触れた感触は、やけに軽かった。

けれど——それを持ち上げた瞬間、時間がゆっくりと動き出す。


「……これ」


白ヶ崎の声は、なかった。ただ、その気配が変わったのは分かる。

視線が、真守の手元に強く吸い寄せられている。


真守は、ゆっくりとその写真を見下ろす。


そこに写っていたのは——


病院だった。


白い壁、無機質なベッド、窓から差し込む光。

そして、その前に立っている二人。


一人は——幼い頃の自分。


怪我もなく、元気そうに笑っている。


そしてもう一人は——


頭に包帯を巻いた、女の子。


写真の中で少しだけ困ったように笑っている。

知らないはずなのに、見覚えがある。知らないはずなのに、懐かしい。


矛盾した感覚が胸の中を駆け巡る。


「……」


じっと見つめる。


すると——ドクン、と心臓が大きく鳴った。


視界が揺れる。けれど、痛みは来なかった。今までなら、思い出そうとした瞬間に頭痛が襲ってきた。

記憶に触れようとするたびに、何かに拒絶されるように。


でも今回は違う。止まらず、そのまま流れ込んでくる。



あの日の空気は、少しだけ冷たかった。


小学校三年生だった頃の俺は、とにかく落ち着きがなかった。


外で遊んでは、転んで怪我をして、怒られて。それでも懲りずにまた走り回る。そんな子供だった。


「痛ってぇ……」


その日も、例外じゃなかった。


無茶をして、少し大きな怪我をした。腕の骨にヒビが入る程度の怪我。


大したことはない——そう思っていた。


でも、親はそう思ってくれなかった。


「しばらく通院ね」


そう言われて、病院に通うことになった。


「……つまんねぇ」


正直な感想だった。


病院は退屈だった。同じ場所に座って、同じ匂いの中で、順番を待つ。それが、どうしても耐えられなかった。


だから——


俺は、よく院内を歩き回っていた。


「……」


ある日。ふと、目に入った。


窓際に、一人の女の子が、立っていた。


頭には包帯。


外を、じっと見ている。その背中が、妙に静かだった。


「……なぁ、俺、真守って言うんだけど」


気づけば、声をかけていた。


女の子が振り向く。


その目が——


鋭く、そして、睨まれる。

そのまま、何も言わずに走って逃げていった。


「……え?」


呆気にとられる。そして、すぐに悔しくなる。


「なんだよ、あいつ……」


ただ話しかけただけなのに。


その日からだった。病院に行くたびに、その女の子を探すようになったのは。


見つけては、話しかける。そして、逃げられる。それでも、また話しかける。そんなことを、繰り返した。


「……また来たの?」


ある日、初めて言葉が返ってきた。


「おう」


嬉しくて、少しだけ声が弾む。


「暇なんだよ、ここ」


「……」


女の子は、少しだけ呆れたような顔をする。それでも、その場からは逃げなかった。


「……あんた、怪我?」


「ああ、腕」


軽く見せる。


「すぐ治るって」


「……そう」


短い返事。


それでも、その日から少しずつ変わった。完全に逃げることはなくなった。そして少しだけ、話すようになった。


「……学校は?」


俺が聞く。


「……行ってない」


女の子は窓の外を見たまま答える。


「なんで?」


少しだけ間があって——


「……いじめられてるから」


「……」


言葉が詰まる。


「容姿のことで」


淡々とした声だった。


「それで、一人ぼっちで……」


少しだけ言葉が揺れる。


「……嫌になって、飛び降りた」


「……は?」


思わず声が出る。


「校舎の二階から」


「……」


何も言えなかった。ただ、目の前の女の子を見ることしかできなかった。


「……バカみたいでしょ」


小さく笑う。


「……いや」


首を振る。


「……そんなことねぇよ」


自然と、言葉が出ていた。


「容姿とか、関係ねぇし」


「……」


女の子がこちらを見る。


「これ見ても、言う?」


そう言って、ゆっくりと頭の包帯に手をかける。


「……」


止める間もなく、それが外される。


現れたのは——


真っ白な髪だった。

光を受けて、淡く透けるような白。


「……これ、生まれつき」


女の子が言う。


「病気で、この色なの」


「……」


じっと見つめる。


言葉を探す。


そして——


「……綺麗だな」


自然と出た。


「……え?」


女の子が、驚いたように目を見開く。


「すげぇ、綺麗」


もう一度、言う。


「……」


その頬が、ほんの少し赤くなる。


「……バカじゃないの」


小さく呟く。


けれど、その声はさっきより柔らかかった。


それから——


病院に行くたびに、その子と話した。

他愛もない話、どうでもいい話、それでも、楽しかった。


気づけば——


その子に会うのが、楽しみになっていた。


「……」


今思えば、それが初恋だったんだと思う。



「もう来なくていいですね」


医者にそう言われた日。

怪我は順調に治っていた。


「……そっか」


嬉しいはずなのに、どこか寂しかった。


「……あのさ」


最後の日。


「写真、撮らない?」


そう言った。


「……なんで」


「思い出」


それだけ。


女の子は少しだけ迷って——


「……いいよ」


そう言ってくれた。


「そしたら、この写真は次会う時までに大切に保管しとくよ!」


写真を一緒に撮れて、テンションが高くなっているのが自分でもわかった。


「はいはい、覚えてたらね」


そこで記憶が止まる。


そして、これがこの写真の思い出だった。



「……」


意識が、現在に戻る。

手の中の写真を見る。


「……懐かしいな」


小さく呟く。


「この子……俺の初恋だったんだ」


白ヶ崎は何も言わない。

ただ静かに聞いている。


「そういえば」


真守は写真を見ながら思い出そうとする。


「あの子の病気の名前……なんだっけな」


あと少し、喉まで出かかっている。


白い髪。

白い肌。

白い睫毛。


そして、白ヶ崎と重なる雰囲気。


「……」


違和感が大きくなる。


白ヶ崎が静かに口を開く。


「アルビノ」


その一言。


「——あ」


全部が繋がる。


「それだ」


思わず立ち上がる。


「そうだ……アルビノだ」


記憶の欠片がはまっていく。

一つ、また一つ。


「よく分かったな、咲音——」


そこまで言いかけて。


止まる。


「……」


写真を見て、白ヶ崎を見る。

重なる、同じ白、同じ空気。


同じ——


「……まさか」


言葉が漏れる。


白ヶ崎は静かにポケットへ手を入れた。

取り出したのは生徒手帳。それを開く。


そして。


一枚の写真を取り出した。


真守の呼吸が止まる。


同じだった。構図も、場所も、写っている二人も、全部。


手の中の写真と同じだった。


「……なんで」


声が出ない。


白ヶ崎は静かに笑った。

でも、その目からは涙が溢れていた。ぽろり、ぽろりと、長い時間を越えてきた涙だった。


「……ずっと」


震える声。


「ずっと会いたかった」


写真を抱きしめるように握る。


そして、何年も前から言いたかった言葉をようやく口にする。


「……真守くん」


その呼び方は、病院の窓際で交わした約束の続きだった。

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