178話 俺×欠片=閉じたままの箱を開けます。
電車の揺れが、一定のリズムで続いていた。
ガタン、ゴトンと、規則正しい音が車内に響く。
真守は窓際の席に座り、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
見慣れない街並み。
住宅街。
畑。
小さな公園。
景色は次々と変わっていくのに、頭の中だけは同じ場所をぐるぐる回り続けていた。
祇園のこと、文化祭のこと、そして——自分の過去。
「……」
小さく息を吐く。
隣には白ヶ崎がいた。
特に会話はない。それでも気まずさはなかった。同じ方向を向いているだけなのに、不思議と落ち着く。
車内アナウンスが流れ、何人かの乗客が降りていく。
空いた席に光が差し込み、車内の空気が少しだけ変わった。
「……そういえば」
ふと、真守が口を開く。
「神宮丸、大丈夫だったのか」
白ヶ崎が顔を向ける。
「何が?」
「メイド喫茶」
真守は少しだけ苦笑した。
「結構張り切ってただろ」
「……ああ」
白ヶ崎も思い出したように目を細める。
「まぁ、大丈夫でしょ」
「あっさりだな」
「だって連絡先も知らないし」
当然のように返される。
「今さら呼び出される心配もないし」
「それはそうだけど」
思わず笑ってしまう。
神宮丸なら今頃——、
「絶対売上トップ狙ってたよな」
「間違いないわね」
「たぶん文化祭終わったあと倒れてる」
「それも間違いない」
二人とも少しだけ笑った。重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなる。
電車はそのまま走り続け、やがて目的の駅へ到着した。
ドアが開くと、懐かしい空気が流れ込んできた。
「……夏休みぶりか」
自然と口から漏れる。
「楽しかったよね」
白ヶ崎が言う。
「ああ」
短く頷く。
あの時はただ遊びに来ただけだった。けれど今日は違う。
目的がある。探さなければならないものがある。
それを思い出した瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
駅を出て、住宅街を歩く。
見慣れた景色、昔は当たり前だった道。けれど久しぶりに歩くと、どこか小さく見えた。
「……変わってないな」
「そうなんだ」
白ヶ崎が周囲を見る。
「うん」
真守は苦笑した。
「でも、昔はもっと大きく感じてた」
小学生の頃は、この道を走り回っていた。
友達と鬼ごっこをしたり、転んで膝を擦りむいたり、そんな記憶がぼんやりと浮かぶ。
でも——顔だけが思い出せない。
誰と遊んでいたのか、何を話していたのか、肝心な部分だけが、ぽっかりと抜け落ちている。
まるで誰かが切り取ったみたいに。
「……」
無意識に拳を握る。
白ヶ崎は何も言わなかった。
ただ隣を歩いている。それだけだった。それがただ、ありがたかった。
やがて実家に着く。
玄関の前で、ほんの少しだけ足が止まる。
白ヶ崎は何も急かさない。
真守は深く息を吸って扉を開けた。
「ただいま」
「あら、おかえり」
すぐに返ってくる声。
母親だった。
「あら」
視線が白ヶ崎へ向く。
「白ヶ崎さんじゃない」
少しだけ驚いて、すぐに笑顔になる。
「お久しぶりです」
白ヶ崎が頭を下げる。
「またお邪魔しても大丈夫ですか?」
「もちろんよ」
母親は嬉しそうに頷く。
「上がって上がって」
まるで娘でも帰ってきたみたいな反応だった。
そのまま、リビングへ入る。
変わらない空気、変わらない家具。今はそれが、少しだけ安心する。
「ちょうど良かったわ」
母親が言う。
「買い物行くところだったの」
「そうなんだ」
「夜ご飯の準備もあるしね」
手際よく支度を始める。
そして数分後。
「じゃあ、ゆっくりしてて」
そう言い残し、家を出ていった。
玄関が閉まる音。
静寂が戻る。
「……今なら」
真守が呟く。
「探せるな」
白ヶ崎も小さく頷いた。
まずはアルバムだった。
棚から取り出し、テーブルに広げる。
ページをめくるたびに、昔の自分が現れる。
運動会、遠足、誕生日、家族旅行。
どれも懐かしい。
けれど。
「……」
肝心なものが見つからない。
「……あ」
白ヶ崎が指を止める。
そこには不自然な空白。写真が綺麗に切り取られた跡。
「これ」
「……ああ」
真守は頷く。
「真希ねぇが切ったやつ」
「女の子?」
「たぶん」
そう答える。
でも、本当は分からない。
顔も思い出せない、名前も思い出せない。
ただ——そこには、いた。
それだけは分かる。
アルバムを閉じる。
成果はなく、沈黙が落ちる。
「……部屋」
白ヶ崎が言った。
「見てみない?」
真守は少し考える。
それから頷いた。
「行くか」
自室へ行くと、久しぶりの空気が舞い込む。
机も棚も、昔のままで、時間だけが止まっているみたいだった。
引き出しを開けると、古いメモや文房具。小学生の頃の落書きなとがあり、何もかもが懐かしい雰囲気になる。
一つ触れるたびに、断片的な記憶が蘇る。けれど決定的なものはない。
「……これは?」
白ヶ崎が指差した。
小さなお菓子の缶。
少し錆びている。
「懐かしいな」
自然と手に取るそれは、子供の頃、大事なものを入れていた缶だった。
「開けてみたら?」
白ヶ崎が言う。
「……そうだな」
蓋を開けると中には玩具、キーホルダー、ビー玉、小さな勲章。
子供の宝物ばかりだった。
思わず苦笑する。
「ガキだな」
「子供だったんだから当たり前でしょ」
「それもそうか」
少しだけ笑う。
そのまま中身を取り出していく。
そして——
指が止まった。
一番下に、何かが見えた。
紙——いや、写真だ。
「……?」
心臓が一度だけ大きく鳴る。
白ヶ崎も気づいたが、何も言わない。ただ見ている。
真守はゆっくりと写真を取り出した。
少し色褪せて、端も傷んでいる。それでも、そこに写っているものだけは、はっきりと分かった。
「……これ」
喉が渇く。
息が止まる。
写真の中には——
幼い頃の真守と。
そして。
忘れていたはずの、もう一人が写っていた。




