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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第五章 俺×真実=繋がってきます。〜愛の告白編〜
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177話 俺×決意=一人じゃないと知った日です。

部屋は、いつもより静かだった。普段ならどこかに誰かの気配がある。


隣の部屋から聞こえてくる物音、廊下を歩く足音、真希那の騒がしい声。そういうものが自然と混ざっているはずなのに、今日は妙に静かだった。


「……」


真守はベッドの端に腰を下ろしたまま、しばらく動かなかった。


白ヶ崎は文化祭の最中で、真希那も休みを利用して校内にいる。

今、この部屋には自分しかいない。それが妙に落ち着いて、少しだけ寂しかった。


「……ちょうどいいか」


小さく呟く。

誰に聞かせるでもない言葉だった。


立ち上がり、クローゼットを開く。


バッグを取り出す。


必要な物だけでいい。


財布。

スマホの充電器。

身分証。


一つずつ確認しながらバッグへ入れていく。ただそれだけの作業なのに、なぜか手が止まる。


頭の中に浮かぶのは別のことばかりだった。


キャンプファイヤー、揺れる炎、白ヶ崎の横顔、近すぎた距離。

あと少しで触れそうだった、あの瞬間。


「……」


手が止まり、胸の奥が少しだけ熱くなる。


あの時、自分は何を考えていたんだろう。


もし、あのまま離れなかったら。もし、祇園のことを優先しなかったら。


そんな考えが浮かびかけて――


「……違う」


首を振る。


今はそんなことを考えている場合じゃない。


祇園、赤坂、会長。そして、自分自身の過去。全部がまだ終わっていない。


だから。


「……行かなきゃ」


小さく息を吐く。


バッグのファスナーを閉めた。それからスマホを取り出す。


画面を開く。


メッセージアプリ。


送る相手は二人だった。


白ヶ崎。

真希那。


少し迷ってから文字を打つ。


【少し実家に帰る。心配しなくていい】


短い文章。


送信ボタンを押すだけなのに、指が止まる。


白ヶ崎の顔が浮かぶ。真希那の顔も浮かぶ。

絶対に怒る。たぶん、かなり怒る。


それでも。


「……これでいい」


そう自分に言い聞かせる。


本当は良くないと分かっていても、送信ボタンを押した。

既読がつく前に画面を閉じる。見たら、きっと迷うから。


バッグを肩にかけ、そして部屋を出た。


廊下は静かだった。玄関へ向かう足音だけが響く。

一歩進むたびに、本当に行くんだという実感が湧いてくる。

ドアノブに手をかけ、そのまま扉を開いた。


冷たい空気が流れ込む。


そして。


「……」


目の前に人影があった。


思考が止まる。


誰だ。


そう思った次の瞬間、見覚えのある銀髪が揺れた。


「……咲音?」


思わず名前が出る。


白ヶ崎だった。肩で息をしていて、額には汗。髪も少し乱れている。


制服の上から羽織ったカーディガンも少し崩れていた。どう見ても全力で走ってきた後だった。


「……」


言葉が出ない。


メッセージを送ってから、まだ十分も経っていない。


つまり、通知を見た瞬間に飛び出してきたということだ。

そこまでして、自分を追いかけてきた。

胸の奥が少しだけ痛んだ。


「……行くんでしょ」


白ヶ崎が言う。


息を整えながら、それでも真っ直ぐにこちらを見ている。


「……一人で」


続いた言葉に何も返せなかった。


「……文化祭中だろ」


ようやく絞り出した言葉。


「戻った方がいい」


「嫌」


即答だった。


迷いがなかった。


「……なんでだよ」


問いかける。


白ヶ崎の眉が少しだけ寄った。


「なんで、一人で行こうとするの」


静かな声。だけど、その奥にある感情は重かった。


「……巻き込みたくない」


正直に答える。


「これは俺の問題だから」


白ヶ崎が目を伏せる。


「文化祭も楽しんでほしかったし」


言いながら、自分でも分かる。それは本音であり、逃げでもあった。


沈黙が落ちる。


数秒。


けれど、やけに長く感じた。


「……勝手に決めないで」


ぽつりと白ヶ崎が言った。


「私がどうしたいか、聞いてよ」


言葉が出ない。


何も返せなかった。


「……置いていかないで」


その一言。


大きな声じゃない。強い言葉でもない。だけど、胸の奥に真っ直ぐ届いた。


真守は小さく息を飲む。


「……なんで、そこまでしてくれるんだよ」


自然と出た疑問だった。


白ヶ崎は少しだけ目を閉じる。それからゆっくりと開いた。


「……真守くん」


名前を呼ばれる。


「昔のこと、思い出そうとしてるでしょ」


図星だった。


言葉が出ない。


「一人で苦しむ真守くんなんて」


白ヶ崎は静かに言う。


「考えたくない」


その言葉は強くなかった。

ただ、真っ直ぐだった。


「……だから」


一歩近づく。


「一人で行かせるわけないでしょ」


真守は言葉を失う。


胸の奥が熱くなる。


じわじわと。


どうしようもないくらいに。


「……ごめん」


小さく呟く。


「迷惑ばっかかけて」


白ヶ崎は何も言わなかった。


代わりに、ゆっくりと近づいてくる。


一歩。


また一歩。


逃げる気はなかった。拒む理由もなかった。


気づけば。


白ヶ崎の額が、そっと胸元に触れていた。


柔らかい感触。制服越しに伝わる体温。

自分の心臓の音だけが妙に大きく聞こえる。


「……」


何も言えない。


言葉にした瞬間、壊れてしまいそうだった。


白ヶ崎も何も言わない。ただ、そこにいる。それだけなのに。


一人で抱えていた重さが、少しだけ軽くなる。


「……真守くんにはさ」


小さな声。


「いつも助けてもらってるから」


胸に落ちる。


静かに。


確実に。


「今度は、私の番」


真守はゆっくりと腕を回した。


強く抱きしめるわけじゃない。ただ、そこにいることを確かめるように、そっと。


「……ありがとう」


自然と出た言葉だった。


白ヶ崎は何も言わない。ただ、ほんの少しだけ力を込める。


そのまま時間が流れる。


長いようで短い時間。


このまま続けばいいと思ってしまうほど、穏やかな時間だった。


やがて白ヶ崎が体を離す。


少しだけ名残惜しそうに。


「……行くか」


「……うん」


短いやり取り。それだけで十分だった。


白ヶ崎はそのまま部屋へ戻る。


真守は玄関で待った。


数分後。


戻ってきた白ヶ崎は、もうメイド服ではなかった。


動きやすそうな私服、小さめのバッグ。本当に来るつもりなのだと分かる。


「……早いな」


「こういう時は迷わないの」


あっさりと言う。


「……文化祭、いいのか」


「いいって言ってるでしょ」


少しだけ睨まれる。


けれど、その目は優しかった。


「それに」


白ヶ崎が続ける。


「途中で帰るより、ちゃんと解決してから帰る方がいいから」


静かで、強い言葉だった。

真守は何も言えなかった。


白ヶ崎は靴を履き、振り返る。


「行くよ」


「……ああ」


頷く。


二人で外へ出る。


秋の終わりを感じさせる冷たい空気。遠くからは文化祭の喧騒が聞こえる。


笑い声。


音楽。


拍手。


まだ祭りは続いている。

それなのに、二人の周囲だけ、別の時間が流れているようだった。


「……」


隣を見る。


白ヶ崎がいる。

その事実が、やけに大きかった。


一人で行くはずだった道。一人で背負うはずだった過去。


それなのに。


今は隣に誰かがいる。


「……」


言葉はない。それでも、不思議と空気は途切れなかった。


同じ方向を向いて、同じ目的地へ向かう。それだけで十分だった。


真守は少しだけ空を見上げる。

薄い雲の向こうに、夕方の光が残っている。


「……」


一人じゃない。


その事実が、こんなにも心強いなんて知らなかった。


二人は歩き出す。向かう先は決まっている。


真守の実家。過去の答えが眠る場所へ。

今度は、一人じゃなく。


二人で。

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