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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第一章 俺×春=新しい出会いが待っています。〜新生活編〜
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17話 俺×仕事=割に合いません。

真守が生徒会に入ってから、五日が経とうとしていた。


その五日間で、書記、会計、庶務の基礎を立て続けに叩き込まれた真守は、もはや自分が高校生なのか何なのか分からなくなりつつあった。


クラスの授業にまともに出席する余裕はない。

気づけば朝から放課後までずっと生徒会室で過ごし、何かを覚えているうちに一日が終わる。


そんな生活が、半ば当然のように続いていた。


「はぁ……ただいま……」


ようやく寮へ戻ってきた真守は、玄関をくぐった瞬間に力が抜けそうになる。

すると、その声を待っていたかのように真希那が飛び出してきた。


「まー君、おかえりー!!」


眩しいほどに元気だった。


いや、元気すぎた。


今の真守とはあまりにも温度差が激しく、逆に目が回りそうになる。


「まー君、今日はお姉ちゃんがいっぱい癒してあげるから、遠慮なくお願いとか言ってもいいんだからね?」


もしこれを言っている相手が普通の彼女なら、たぶん少しは心が救われていたと思う。

だが現実は、実の姉だ。しかも、距離感が壊れている方の。


ツッコミを返す気力すらなく、真守はそのまま寝室へ向かった。


「あぁー、もう、まー君ったら!」


後ろで真希那が不満そうな声を上げる。

けれど、真守にはもう振り返る余裕すらなかった。


食卓には、すでに二人分の料理が並べられていた。その前で一人だけ残された真希那は、少しだけ寂しそうに俯く。


「ふぅ……やっと明日は土曜日だ……」


ベッドに身体を預けながら、真守は小さく呟いた。


八ツ星学園は、基本的に土曜授業がない。

それは今の真守にとって、唯一と言っていいほどの救いだった。


「あんなスパルタ、二度とごめんだ……」


そう呟きながら、目を閉じる。


すると、今週のことが嫌でも頭の中に蘇ってきた。それはまるで、逃げ場のない地獄のような一週間だった。



〜生徒会三日目〜


「昨日、一昨日と書記のさわりの部分をやってもらったが、今日は会計のさわりを学んでもらうよ」


会長は相変わらず、まるで何事もないかのような顔で真守の肩を叩いた。

その姿はいつも通り整っていて、疲れも焦りも見せない。


一方で真守は、すでに心身ともに限界が近かった。


「あの……さすがに三日連続で授業を丸々すっぽかすのはまずいんじゃないでしょうか……」


恐る恐る口にする。


結局、HRどころか通常授業にすら出席できていない。もちろん本来ならあり得ない話だ。

だが、担任に「生徒会長直々の指示です」と伝えたところ、驚くほどあっさり頷かれてしまった。


それが逆に怖かった。


「君の進学も、成績も、全部この僕が責任を持つよ。だから君には生徒会の仕事をまっとうしてもらう」


絶対的な自信。

もはや反論する余地すら与えられない。


「そ、それじゃあ……会計って、どんな仕事をするんですか?」


真守は徐々に“反抗するより聞いた方が早い”という現実を学びつつあった。

会長はそんな真守を見て、小さく笑う。


「おっ、やっと素直になってきたね」


「会計は祇園先輩でしたよね。祇園先輩に教えてもらいます」


「反論されないとされないで、少し寂しいものだな」


会長の皮肉混じりの言葉を軽く流しながら、真守は祇園の方へ向かった。


祇園紅子。


一昨日の池鶴との一件もあったせいで、真守は最初からかなり慎重になっていた。


「祇園先輩、今日は会計の基礎ということでよろしくお願いします」


できるだけ無難に、できるだけ丁寧に。

余計なトラブルを避けるように挨拶をする。

すると、祇園はぱっと顔を明るくした。


「わぁ、やっと私の番なんだね!」


やはり予想通り、テンションが高い。


高いどころではない。

この人は常に、周囲の空気を自分のペースへ巻き込もうとしてくる。


それが真守にはよく分かっていた。


(これは気をつけないとまずいな……)


「祇園先輩、最初は何から覚えた方がいいですかね?」


「むぅ〜、まずその敬語なし!」


頬を膨らませながら、いきなり別の話に飛ぶ。


「距離感じるからぁ。敬語使うなら、私、何も教えてあげない!」


上目遣いだった。

それだけでも十分破壊力があるのに、頬までぷくっと膨らませている。


あざとい。

わかりやすいくらい、あざとい。


「で、でも、先輩と後輩なんですし……そこは会長も黙ってないと思うんですが」


「むぅ〜、もう、楽々浦くんは礼儀正しすぎ!」


「そんなこと言われても……」


「そんなことある!」


「は、はぁ……」


(本当に厄介な人しかいないのかここは……)


真守は心の中で頭を抱える。


「まぁ、敬語はゆっくり直してもらうとして——」


祇園は軽く流すように言った後、急に顔を近づけた。


「楽々浦君って、好きな人とかいるの?」


「は、はい……?」


会計の基礎の話はどこへ行った。

あまりにも唐突な恋愛トークに、真守の思考が追いつかない。


「もし今いないなら、第一候補に紅子が立候補していいかな!」


「な、何を言ってるんですか……?」


とんでもない発言だった。

しかも、さらっと言うから余計にタチが悪い。


「あはは、いや、まだ俺この学校来て一週間も経ってないですし、好きな人とか無理ですよ」


必死に流そうとする。

だが祇園は、その返答を逃さない。


「つまり今はいないってことだよね?」


「いないというか……祇園先輩は遠慮しとくというか……」


「遠慮?」


祇園が目を丸くする。


「そんなのしなくていいんだよ? 紅子が真守くんの一番になることに変わりはないんだし」


「……は?」


気づけば名前呼びに変わっている。

しかも本人は、その変化に一切違和感を持っていないようだった。


「いや、その……本当に勘弁してほしいと言いますか」


真守が困りきった顔でそう言った瞬間だった。


祇園の表情が、ぐしゃっと崩れる。


「うっ……ぐすっ……ひどい、ひどいよ真守くんったら!!」


「えっ、ちょっ、えっ!?」


あまりにも急だった。

さっきまで笑っていた人間が、次の瞬間には泣き出している。


「せ、先輩、泣かないでくださいよ!」


「うわぁぁぁぁぁああん!!」


「ま、本気(マジ)泣き!?」


大声だった。

しかも遠慮がない。


生徒会室中に響き渡るレベルで泣いている。

真守は完全にパニックだった。

どう見ても自分が泣かせた構図になっている。


しかも、ここは生徒会室だ。下手をすれば一瞬で終わる。


「ちょ、ちょっと!そんなに本気で泣かないでくださいよ!」


「うわぁぁぁぁぁああん!!」


「ダメだ……」


どうすることもできない。

そう思った矢先——


「どうしたんだい、楽々浦君!?」


会長が駆け寄ってくる。


だが、真っ先に向かったのは泣いている祇園ではなく、真守の方だった。


「えっ、いや、その……祇園先輩が急に泣いて……」


軽く混乱している真守の肩に、会長はそっと手を置く。


「楽々浦君、落ち着いて聞いてくれ」


「は、はい!」


「祇園君はいつもこうなんだよ」


「……は?」


意味がわからなかった。

本当に、何を言われているのかわからなかった。


「祇園君。楽々浦君を揶揄うのはやめてくれるかい?」


会長がそう言った瞬間——


さっきまで号泣していた祇園が、ぴたりと泣き止んだ。そして、すっと真顔になる。


「もう、せっかく弄りがいのある子を相手できると思ったのに。なんでいつも邪魔するの?」


「……」


その変わり身の早さに、真守は言葉を失った。

さっきまでの泣き顔が嘘みたいだった。

しかも、その顔にはこれまでの可愛らしさとは別の、どこか底意地の悪いものまで浮かんでいる。


「君がいつも弄ってる相手とは、格が違うんだよ」


「そんなぁ、楽々浦君だって、私の周りにいるいつものキモいやつらと一緒だと思うよ?」


「祇園君」


会長の声が低くなる。


「いつでも君をこの学校で絶望に追いやれるってことを忘れたのかい?」


その瞬間だった。


会長は祇園のツインテールの片側を掴み、そのまま壁へ押しつけるように持ち上げた。


「痛いっ!」


さすがの祇園も予想していなかったのか、反応が遅れる。

真守は咄嗟に前へ出た。


「会長!さすがにまずいですって!」


その声で、会長は少しだけ我に返ったようだった。掴んでいた髪を離し、乱れた制服を軽く整える。


「少し取り乱してしまったようだ。すまないね」


その口調はいつも通り落ち着いていた。

だが、さっきまでの一瞬に覗いた感情は、真守の中に強く残っていた。


「急なんだが楽々浦君」


会長が振り返る。


「なぜこんな要注意人物を生徒会に入れていると思う?」


「えっ……そ、それは……」


答えられるはずがない。

そんな裏事情まで考えたこともなかった。


「まぁ、今の君が知る必要はないことだったね」


会長はあっさり話を切る。


「祇園君にはこれ以上任せられないから、会計はこの僕が直々に教えてあげよう」


「は、はい!よろしくお願いします!」


結果として、その日の会計の指導は会長が担当することになった。


それはそれで、別の意味できつかった。


会長の教え方はわかりやすい。

効率もいい。

理解もしやすい。


だが、その分、一切逃げ場がない。

少しでも集中を切らせばすぐに見抜かれ、曖昧な理解も許されない。


今思えば、祇園に教わるよりよほど辛かったかもしれない。それでも、たった一日で二日分以上の知識が詰め込まれた感覚はあった。


そして残りの庶務はというと、ひたすら荷物運びだった。

書類、備品、道具類。

とにかく運ぶ。

会長曰く、庶務は現場で覚えることが多く、一日で学べることは少ないらしい。


そんなこんなで、地獄みたいな一週間はようやく終わりを迎えた。


「……やっと終わった」


ベッドに横たわった真守は、心の底からそう思った。


明日は休み。

そう、至福の土曜日だ。

本来なら、そうなるはずだった。


窓の外には、まだ少し肌寒い夜の空が広がっている。

その空に瞬く星々は、まるで静かなイルミネーションみたいに街を照らしていた。

見上げるだけで少しだけ心が落ち着くような夜。


——そんな夜に限って、災難はまた降ってくるのだった。

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