174話 俺×火柱=まだ消えない熱のままです。
キャンプファイヤーの光が、まだ頭の中に残っていた。
手を離した感触も、近すぎた距離も、全部そのまま残っている。
「……」
少しだけ、息を吐く。
さっきまでの空気を引きずったまま、校舎の中を進む。足取りは、ほんの少しだけ重い。
それでも——止まらない。
生徒会室の前に立つ。
扉の向こうに、現実がある。
「……」
一瞬だけ、手が止まる。
けれど、そのままノブを回し、扉を開ける。
「来たね、楽々浦君」
会長が、いつも通りの落ち着いた声で迎える。
そのまま、軽く手招きをする。
「……失礼します」
中に入る。
扉が閉まる音が、やけに静かに響いた。
窓の外を見ると、校庭ではまだ人の輪が揺れている。炎の光がちらちらと見えて、さっきまでいた場所がすぐそこにあるのに、まるで別の世界みたいだった。
「……」
少しだけ視線を外す。
「さて」
会長が、ゆっくりと口を開く。
「赤坂の処遇が決まったよ」
「……」
自然と背筋が伸びる。
「葵君と同様、停学処分。ただし期間は二ヶ月」
「……二ヶ月」
思ったより、長い。
「そして——停学明けに、僕の前で正式な謝罪がなければ、その時点で退学になる」
「……」
一瞬、言葉が出ない。
けれど——
「……そうですか」
小さく、息を吐く。
即、退学じゃない。
それだけで、十分だった。
「ひとまず、最悪の事態は避けられたね」
会長が静かに言う。
「……はい」
素直に頷く。
胸の奥にあった張り詰めたものが、少しだけほどける。
「ただし」
会長の声が、わずかに変わった。
「問題は、ここからだ」
「……」
「彼女の動向が読めない」
ゆっくりと続ける。
「現在、所在がはっきりしていない」
「……」
眉がわずかに寄る。
「学校にも来ていない。連絡もつかない。完全に姿を消している状態だ」
「……そうですか」
小さく返す。
「そこで、だ」
会長が視線を向ける。
「楽々浦君、君に調べてもらえないかな」
「……」
少しだけ間。
「……自分も、知りたかったです」
正直に答える。
「なら話は早い」
会長が小さく笑う。
「頼んだよ」
「……はい」
迷いはなかった。
「それと」
会長が、続ける。
「明日も文化祭だけど——」
「……」
一瞬、嫌な予感がする。
「君は来なくていい」
「……え」
思わず声が出る。
「その代わり、明日から赤坂の件を最優先にしてほしい」
「……」
言葉が詰まる。
さっきまでの光景が、頭をよぎる。
炎の光。
近かった距離。
「……」
ほんの一瞬、迷う。
けれど——
「……わかりました」
短く、答える。
「ありがとう」
会長はそれ以上何も言わなかった。
そのまま、生徒会室を出る。
扉が閉まり、廊下に静けさが戻る。
「……」
小さく、息を吐く。
「……はぁ」
今度は、少し長めに。
正直——
残りたかった。さっきの場所に。
「……」
苦笑が漏れる。
「……仕方ないか」
自分で選んだことだ。
それは分かっている。それでも、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれる。
とにかく、足を進める。
そして、そのまま校庭へ戻る。
炎の光が、再び視界に入る。
音楽も、人の声も、そのまま続いている。
さっきと同じ場所、同じ光景。
それなのに——
少しだけ、違って見えた。
人の輪を見ながら、ゆっくり歩く。
「……」
ふと、立ち止まる。このまま戻るのもいい。
けれど——
頭の中に、別の顔が浮かぶ。
祇園。
まだ、何も分かっていない。あの時の違和感も、そのままだ。
「……」
理由はない。ただの勘。
それでも——
「……行くか」
小さく呟く。
次にやるべきことは、もう決まっていた。
炎の光を背にして、一歩踏み出す。




