173話 俺×炎柱=近すぎると余計に意識します。
夕方になると文化祭は終盤に差し掛かり、校内の空気も少しずつ落ち着き始めていた。
最後の見回りとして、真守は校庭へ向かう。
外に出た瞬間、視界が一気に開けた。
中央には、大きなキャンプファイヤー。
火はすでに灯されていて、パチパチと静かな音を立てながら、ゆっくりと揺れている。その周りには自然と輪ができていて、音楽に合わせて人の流れが生まれていた。
「……」
少し離れた場所で、それを眺める。
ただ炎を見ているだけなのに、どこか落ち着く。そんな時間だった。
「楽々浦くん」
横から声がかかる。
振り向くと、葵と奏が立っていた。
「まだ、見回り?」
「まあ、そんなところです」
「そっか」
葵が頷いて、少しだけ距離を詰めてくる。
「じゃあさ」
軽く笑う。
「気分転換に、一緒に踊ろ?」
「……いや、自分は——」
断ろうとした、その時だった。
「あ、葵さん!さっきの演劇めっちゃ良かったです!」
「奏先輩もすごかったです!」
「サインください!!」
周りから一気に声がかかる。
気づけば、人が集まり始めていた。
さっきの演劇を見ていた人たちが、そのまま二人に話しかけている。
「……」
葵も奏も、それに応える。
笑顔で、丁寧に。
「ありがとうございます」
「見てくれて嬉しいです」
その輪は、あっという間に広がっていく。
「……これは無理だな」
小さく呟く。
完全に囲まれていた。さっきの言葉も、もう続けられる空気じゃない。
少し距離を取る、そのタイミングだった。
「真守くん」
別の声。
振り向くと、目の前に白ヶ崎がいた。
まだ、メイド服のまま。炎の光を受けて、少しだけ違う表情に見える。
「……まだそれ着てんのか」
「悪い?」
「……いや」
「似合ってるって言ったの、真守くんでしょ」
「……」
言い返せない。
「意外と気に入ってるじゃん」
「……別に」
そっぽを向く。
けれど、その仕草はどこか柔らかい。
「……で」
一歩、近づいてくる。
「踊る?」
短く言う。
「……いいのか」
「何が」
「メイド喫茶、忙しいんじゃないのか」
「今日はもう終わり」
あっさりと返され、そのまま、手が差し出される。
「……」
迷いはなかった。
その手を取る。
そして引かれるまま、輪の中へ入る。
音楽に合わせて、自然と体が動く。
最初はぎこちなかった。けれど、それもすぐに消えていく。
目の前にいるのは、白ヶ崎だけだった。周りの声も、炎の音も、少しずつ遠くなる。
ただ、向かい合っている距離だけが、はっきりと残る。
白ヶ崎の綺麗な顔が、炎に照らされて幻想的な雰囲気になる。
火の光が揺れて、その表情を柔らかく照らす。
普段より少しだけ静かな顔。それが、やけに近く感じる。
一歩、踏み込む。
その分だけ、距離が縮まる。逃げ場はないはずなのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ——
その距離を、保ちたくなる。
手が触れるが、離れない。指先の温度が、そのまま伝わる。呼吸が、少しだけ重なる。視線が、逸らせない。
言葉は、いらなかった。
ただそこにいるだけで、全部伝わる気がした。
もう一歩、近づく。
白ヶ崎の瞳が、わずかに揺れる。
それでも、逃げない。そのまま、距離がさらに縮まる。
顔が、近づく。
ほんの少し動いたら、唇が触れられる距離。
そのまま、時間がゆっくりになる。
音も、光も、全部が遠のいていく。
ただ——この距離だけが、現実だった。
あと少し。
その瞬間だった。
『生徒会より連絡です』
放送が、響く。
『楽々浦真守君、至急生徒会室まで来てください』
「……」
時間が、戻る。
一気に、現実に引き戻される。
「……はぁ」
思わず、ため息が漏れる。
さっきまでの空気が、全部切れる。
「……タイミング悪すぎだろ」
小さく、吐き出す。
「……」
白ヶ崎も、同じように少しだけ顔を歪めている。
「……ごめん」
「……ほんとだよ」
少しだけ拗ねた声。
「すぐ戻る」
「……ほんとに?」
「戻るって」
さっきより、少しだけ強く言う。
「……」
白ヶ崎は少しだけ迷ってから、小さく頷く。
「……待ってる」
「……ああ」
ゆっくりと、手を離す。
さっきまで繋がっていた温もりが、少しだけ残る。
そのまま背を向け、炎の光を背中に受けながら校舎へ向かう。
さっきまでの時間が、まだ残っている。
ほんの少しだけ、足取りが重い。
それでも——
止まるわけにはいかない。呼ばれた以上、行くしかない。
そのまま、生徒会室へ向かった。




