171話 俺×メイド=好きになっているかもです。
文化祭当日。
校門をくぐった瞬間、空気が一気に変わった。
普段より人が多く、呼び込みの声があちこちから飛び交っている。校舎もいつもと違う顔をしていて、どこか別の場所に来たみたいだった。
「いらっしゃいませー!」
「焼きそば安いよー!」
そんな声を横目に、真守は腕章に軽く触れる。
——生徒会。
今日は客として回るわけじゃない。
「……はぁ、見回りか」
軽く呟いて、歩き出す。
校内を一通り巡る。
大きな問題はない。
多少騒がしいくらいで、むしろ文化祭らしい空気だった。
「……」
そんな中で、ふと足が止まる。
目の前は、自分のクラス。
少しだけ迷ってから、扉に手をかける。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「……」
一瞬、言葉を失う。
白ヶ崎だった。
メイド服姿で、丁寧に頭を下げている。
普段の強気な雰囲気はそのままなのに、どこか柔らかく見えた。
「……」
自然と、見入る。
「……なに」
少しだけ頬を赤くして、睨まれる。
「……いや」
視線を逸らす。
「似合ってる」
素直に言う。
「……っ」
一瞬、動きが止まる。
「……そう」
そっけなく返すけど、耳が赤い。
「ご注文は?」
すぐに切り替える。
「おすすめで」
小さくため息をつきながら、メモを取る。
その仕草が、やけに丁寧で——
「……」
なんだか、少しだけ距離を感じる。
「おい楽々浦!」
奥から神宮丸が飛んでくる。
「来たならちゃんと金落としてけよ!」
「見回り中だっての」
「今日は関係ねぇ!客だ客!」
「意味分かんねぇよ」
「ほら座れ!」
強引に奥の席へ押し込まれる。
「……」
周りを見ると、思っていた以上にちゃんとしていた。教室の装飾も、雰囲気も、しっかり作り込まれている。
「……意外とやるな」
「だろ?」
神宮丸が得意げに言う。
「俺のプロデュースだからな」
「何もしてなかっただろ」
「精神的支柱だよ!」
「いらねぇよ」
そんなやり取りの中で——
「お待たせしました」
白ヶ崎が料理を持ってくる。
「……」
近い。
テーブルに置くために身を乗り出す。距離が、自然と縮まる。
「……」
一瞬、目が合うがすぐに逸らされる。
「ご主人様、こちらになります」
少しだけ声色を変えて言う。
「……なんだその声は」
「接客だから」
「絶対、楽しんでるだろ」
「別に」
そっけなく言いながら、ほんの少しだけ笑っている。
「……」
そのまま食べ始める。
味は普通。
でも——
「どう?」
横から覗き込まれる。
「……うまい」
「ほんとに?」
「……咲音が持ってきてくれたからかな」
「……そ」
短く返す。
でも、その声は少しだけ柔らかい。
「なあなあ白ヶ崎!」
神宮丸が割り込んでくる。
「お前マジで当たりだろこれ!」
「うるさい」
「いや絶対人気トップだって!」
「黙れ」
「怖っ!」
それでも楽しそうだった。
「……」
その空気の中で、ふっと力が抜ける。
気づけば、さっきまでの“役目”とか“立場”とか、全部忘れていた。
ただ——
普通に、楽しい。
「……」
ふと、白ヶ崎の方を見る。
忙しそうに動きながらも、時々こちらを気にしている。だが、目が合うとすぐ逸らされる。
その仕草が、なんだか少し可笑しくて。
「……」
同時に、少しだけ——
胸の奥が、あたたかくなる。
「……」
こんな風に、誰かと過ごす時間が当たり前みたいになっていることに、少しだけ驚く。
前までは、こんな余裕なかったのに。気づかないうちに、少しずつ変わってきているのかもしれない。
少し前の自分なら、不幸を避けて一人でいることが一番だった。
誰かに頼るなんて考えなんて、微塵もなかった。でも、今は心の奥で助けを求めているのかもしれない。
それが悪い気はしなかった。
そんなことを思いながら、食べ終わる。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました、ご主人様」
軽く頭を下げる。
「……」
一瞬、視線が合う。
「……どうだった?」
小さく聞かれる。
「……よかった」
「……」
「店も」
少しだけ間を置いてから、
「咲音も」
付け足す。
「……っ」
また、少しだけ固まる。
「……真守くん、そういうのズルい」
「何がだよ」
「……別に」
そっぽを向く。
「……」
その様子が、やけに自然で。
「……じゃあな」
「……うん」
今度は、少しだけ柔らかく返される。
店を出て廊下に出ると、また賑やかな空気に包まれる。
さっきまでの時間が、少しだけ残っている。
楽しかった。ただ、それだけだった。
自然と、少しだけ口元が緩む。
「……」
こういう時間も悪くない、と心の中で思った。




