166話 俺×衝突=壊れたものは止められますか。
倒れて力が入らない。この部屋に来てから何時間経ったのだろうか。
そんなことを思いながら、まだ意識がはっきりと戻らない真守。まるで夢の中のような感覚に陥る。
夢ならよかったのに。
もうこのまま、ずっとこの部屋にいることになるのだろうか、諦めかけていたその時。
扉が、乱暴に開いた。
「まーくん!!」
その声が響いた瞬間、空気が一気に裂ける。
「……っ」
真希那だった。
状況を一瞬で把握する。
倒れている真守。
拘束の跡が残る葵。
そして——その前に立つ奏。
「……何してんの」
低い声。
次の瞬間には、動いていた。
「どけ」
迷いなく、奏を突き飛ばす。
「っ!」
体勢を崩した隙に、葵の元へ駆け寄る。
「大丈夫!?」
手早く縄を解く。
「……っ、真希那さん……」
「喋んないで、今はいい」
短く言い切る。
解放された葵の体が崩れかけるのを支えながら、真希那はゆっくりと立ち上がる。
そして、そのまま奏へ向き直る。
「……」
視線がぶつかる。
「……何してんの」
今度は、ほんの少しだけ怒りが混ざる。
「……」
奏は何も言わない。
ただ見ている。その視線は、もうさっきまでの余裕じゃない。どこか揺れていた。
「……」
その時だった。
「……っ」
床に倒れていた真守の指が、わずかに動く。
「……」
目が開く。
ぼやけた視界の中で、最初に映ったのは——
「……真希ねぇ……?」
「……っ!!」
その一言で、真希那の表情が崩れる。
「まーくん!!」
一気に駆け寄り、抱きしめる。
「よかった……ほんとに……」
声が震えていた。
「……」
その瞬間だった。
「——邪魔」
低い声。
背後で、奏が動く。
スタンドを振りかぶる。
狙いは——真希那。
「……っ!」
振り下ろされる。
「——ぐっ!!」
鈍い音。
頭部に直撃する。
血が、流れる。
「……っ、真希ねぇ!!」
真守の意識が一気に引き戻される。
「……」
真希那は、一瞬だけ揺れる。
けれど——倒れない。
ゆっくりと顔を上げる。
血が頬を伝っているが、その目が変わる。
「……はあ」
小さく息を吐く。
「……その程度かよ」
低く言う。
次の瞬間、踏み込み、一気に距離を詰める。
「っ!」
奏が反応する前に腕を掴む。
体勢を崩し、そのまま床へ叩きつける。
「っ!」
上から押さえ込む。
完全な制圧。
「……暴れんな」
手に力はある。けれど、殴らない。
ただ、止めるだけ。
「……っ」
奏がもがくけれど、徐々に弱くなる。
「……」
真希那は少しだけ力を緩める。
逃がさないように、でも、締めつけないようにもする。
「……無理してるでしょ」
ぽつりと、言う。
「……」
「強いお姉ちゃんやるの」
静かに続ける。
「……」
「分かるよ、私も姉やってるから」
その言葉で、空気が少し揺れる。
「……」
「でもさ」
少し間を置く。
言葉を選ぶ。
「あなたの妹は——葵ちゃんは」
まっすぐに見る。
「たった一人しかいない存在なんだよ?」
「……」
「どんなことがあっても、傷つけちゃダメ」
その一言が、静かに落ちる。
強くもなく、優しくもなく。
ただ、真っ直ぐだった。
「……っ」
奏の呼吸が乱れる。
「……」
「それ壊したらさ、もう戻らないから」
「……やめて」
小さく、奏が言う。
「やめてよ……」
「……」
その時だった。
「……真希那さん」
葵が、前に出る。
まだふらつきながらも、しっかりと立っている。
「……少しだけ」
「……」
真希那は、少しだけ考えて——手を離す。
完全には離さない。けれど、葵が入れる距離を作る。
「……」
葵が、奏の前に立つ。
まっすぐに、見る。
「……ごめんなさい」
はっきりと、言う。
「……」
「私、お姉ちゃんを追い込んでた。気づいてなかった。無意識で、やってた」
「……」
「守られてるのに……それに甘えてた」
「……」
「……ごめんなさい」
もう一度。
逃げない目で、言う。
「……」
静寂。
「……今さらかよ」
かすれた声。
「……遅いんだよ」
「……」
葵は、言い返さない。
ただ見ている。
「……」
その視線に、奏の呼吸が崩れる。
「……っ」
涙が落ちる。
「……」
「……ごめん」
ぽつりと、零れる。
「……ごめん、葵」
そのまま、力が抜ける。
抵抗が消える。
完全に——崩れる。
「……」
真希那が、ゆっくりと手を離す。もう抑える必要はない。
葵が、そっと近づく。
言葉はいらなかった。
ただ、二人とも泣いていた。
その光景を、真守はただ見ていた。
何も言えない。それでも——終わったことだけは、分かった。
「……まーくん」
声が近づく。
振り返る。真希那が、そばにいた。
そのまま、抱きしめられる。
「……っ」
「無事でよかった……」
「……」
少し間を置いて、言う。
「……離れろよ」
「えー」
少しだけ笑う。
「これも一つの姉弟の形ってことで!」
「……」
一瞬、考える。
それから、小さく息を吐く。
「……まあ、今日だけはありにしとく」
その一言で、空気がほんの少しだけ緩んだ。
嵐は、過ぎていた。
けれど——
確かに、何かが変わっていた。




