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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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165話 俺×代償=それでも手放せません。

殺伐とした空気の中、それでも部屋は静かだった。

さっきまでぶつかり合っていたはずの感情が、嘘みたいに消えていた。


その中心で——


真守が、倒れていた。


「……っ」


息が詰まる。


頭に残っている感触が、遅れて現実を突きつけてくる。


視線を落とす。


床に転がっているのは、金属製のスタンド。

奏が振り下ろしたものだった。


「……なんで」


喉の奥から、かすれた声が漏れる。


「……なんで、庇うの」


返事はない。


真守は動かない。その事実だけが、やけに重くのしかかる。


「……」


一歩、近づく。


膝をつき、手を伸ばす。けれど、その指先は頬に触れる直前で止まった。


怖い。


その感情に、ようやく気づく。


「……起きて」


小さく言う。


「……ねえ、起きてよ」


それでも、反応はない。


その沈黙を、低い声が切り裂く。


「……やりすぎだよ」


振り返る。


縛られたままの葵が、こちらを睨んでいた。


弱さはもうない。


はっきりとした意思だけが残っている。


「……なんで、そこまでやるの」


「……あんたが言う?」


静かに返す。


「何も分かってないくせに」


立ち上がる。


距離を詰める。


「……分かってるよ」


葵は、息を整えながら言う。


「お姉ちゃんが、ずっと我慢してたことくらい」


「……は?」


空気が変わる。


「分かってるって?」


口元が歪む。


「何を?」


「……」


「言ってみなよ」


「……全部、自分が引き受けてたんでしょ」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「嫌なことも、面倒なことも」


「……」


「私が傷つかないように——」


「やめろ」


低く、鋭く遮る。


「それ以上言うな」


声が揺れる。


抑えきれない何かが滲んでいる。


「……でも、それは」


葵は止まらない。


「お姉ちゃんが選んだことでしょ」


その瞬間——


「……っ!!」


空気が弾けた。


「ふざけんなよ」


吐き出すような声だった。


「選んだ?」


一歩、踏み込む。


「それしかなかっただけだろ」


「……」


「分かってて言ってんの?」


さらに距離を詰める。


「泣けばいいのはあんたで、守られるのもあんたで、私はその横で“ちゃんとしたお姉ちゃん”やってればいい」


言葉が鋭くなる。


「それがどれだけ、あんたが楽か分かる?」


「……違う」


それでも葵は言う。


「そんなつもりじゃ——」


「知ってるよ!!」


強く被せる。


「分かってるって言ってんじゃん!!」


声が響く。


「でも結果そうなんだよ!!」


息が荒い。


止まらない。


「友達も」


一瞬、詰まる。


それでも——


「……好きな人も」


その言葉が落ちる。


「……」


「やっと、私の番だと思ったのに」


静かに言う。


その一言で、空気が沈む。


「……」


葵は何も返せない。


「……でも」


それでも、絞り出す。


「それでも」


視線を逸らさない。


「違う」


はっきりと、言い切る。


「……」


「こんなの、お姉ちゃんじゃない」


一歩も引かない。


その一言が静かに落ち、空気が止まる。

ほんの一瞬、何も動かない時間が生まれる。


「……」


奏の表情から、色が抜ける。


何かが、そこで途切れたように。


「……はは」


乾いた笑いが漏れる。


「……そっか」


小さく頷く。


「やっぱり、そういうこと言うんだ」


視線が、ゆっくりと下に落ちる。


倒れている真守へ。


「……」


数秒、何も言わない。


それから——


ふらりと、近づく。葵ではなく、真守の方へ。


「……」


しゃがみ込み、じっと、その顔を見つめる。


「……なんで」


ぽつりと、落ちる声。


「なんで、私じゃないの?」


答えはない。


「……」


指先が、わずかに震える。


それでも、今度は止まらない。そっと、頬に触れる。温度を確かめるみたいに。


「……」


呼吸はある。


それを確認して、ほんの少しだけ息が抜ける。


「……好き」


小さく呟く。


「本当に、好き」


そのまま、顔を近づける。


距離が縮まる。


呼吸が混ざるほど近く。


「……」


ほんの一瞬、迷う。


けれど——


そのまま、唇を重ねた。逃げるようではなく、確かめるように。静かに、押し当てる。


短い時間。


それでも、はっきりとしたキスだった。


「……」


ゆっくりと離れる。


視線は、まだ戻らない真守の顔に落ちる。


「……やっと、触れた」


小さく、呟く。


その声には、満足とも後悔ともつかない感情が混ざっていた。


背後で、葵が何か言いかける気配がする。


けれど——


奏は振り返らない。


ただ一度だけ、真守を見下ろして。何も言わずに、視線を逸らした。

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