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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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164話 俺×綻び=それは最初から違っていました。

空気が、重く沈んでいた。


さっきまでの激しさが嘘みたいに、部屋の中は静まり返っている。

けれど、それは落ち着いた静けさじゃない。何かが決定的に壊れたあとの、戻らない種類の沈黙だった。


目の前には、縛られたままの葵。

その少し前に立つ、葵の姿をした——奏。


「……で?」


奏が、軽く首を傾ける。


「そこまで分かってて、これ以上聞きたいの?」


「……」


少しだけ間を置く。


言葉を選ぶ。


「……いつからですか」


問いかけると、奏は少しだけ目を細めた。


それから、あっさりと答える。


「最初から、だって」


「……」


迷いのない答えだった。


「昔からやってたしね、入れ替わり」


肩をすくめるように言う。


「気分で変わったり、遊びみたいなもん」


軽い口調だった。


まるで大したことじゃないと言うみたいに。


「……」


「別にさ、珍しくもないんだよ」


そう言いながら、ちらりと葵を見る。


「ね?」


「……」


葵は何も言わない。


言えないのか、言わないのか分からない。ただ、その視線だけが、強く揺れていた。


「でもさ」


奏が続ける。


「本当に、ちゃんと私として会うつもりだったんだよ?」


少しだけ、声のトーンが落ちる。


「でも——」


そこで、止める。


それ以上は言わない。


「……」


けれど、それだけで十分だった。


全部繋がる。


最初に会った時の違和感も、距離感も、言葉の温度も。


「……」


その沈黙を破ったのは、葵だった。


「……違う」


かすれた声。


それでも、はっきりとした否定だった。


「そんなの……違う」


ゆっくりと顔を上げる。


「お姉ちゃんは、ずっと——」


「は?」


短く、遮る。


「何言ってんの?」


その一言で、空気が冷える。


「……」


葵はそれでも続ける。


「……なんで」


声が震えている。


「なんで、楽々浦くんを巻き込むの?」


「……」


「私たちの問題でしょ」


その言葉が、静かに落ちる。


「なのに、なんで関係ない人に——」


「関係ない?」


奏が笑う。


「本気で言ってる?」


一歩、近づく。


「関係あるに決まってるじゃん」


声が低くなる。


「全部、あんたのせいなんだから」


「……っ」


葵の肩が震える。


「……違う」


それでも、否定する。


「楽々浦くんは関係ない、だから——」


少しだけ、言葉に力が入る。


「いつものお姉ちゃんに戻って……」


「……」


その一言で、空気が変わる。


奏の表情が、ぴたりと止まる。


「……は?」


低い声。


「お前に」


ゆっくりと、顔が歪む。


「何が分かるんだよ」


一歩、また一歩と距離を詰める。


「お前に、私の何が分かる?」


その声には、明確な苛立ちが混ざっていた。


「……」


葵は言い返さない。


ただ、真っ直ぐに見ている。それが、余計に火をつける。


「最初はさ」


奏がぽつりと言う。


「ちゃんとやってたんだよ」


「……」


「お姉ちゃんとして」


少しだけ、笑う。


「最低な父親から守ってあげなきゃって思ってたし、嫌われ役も引き受けてた」


声は淡々としているのに、その奥にある感情がじわじわと滲む。


「でもさ」


顔を上げる。


「結局それって損じゃん」


「……」


「強い女の子より」


一歩、葵の前に立つ。


「こういう奴の方が、好かれるんだよ」


視線が、まっすぐ葵に突き刺さる。


「弱くて、守ってあげたくなるやつ」


「……」


「私はいつも傷ついてばかりで、気づいたら全部そっちに……ずっとそうだった」


静かに言う。


「全部」


「……そんなつもりじゃ」


葵が、かすかに声を出す。


「なかったって?」


即座に返される。


「知ってるよ、でも結果そうなってんじゃん」


言い切る。


「それが全部だろ」


「……」


言葉が詰まる。


「……でも」


それでも、絞り出す。


「それでも、楽々浦くんを巻き込むのはやめようよ」


「……」


「これは私たちの問題でしょ」


その一言で、空気が完全に止まる。


「……あっそ」


小さく呟く。


その声に、感情は乗っていない。


「じゃあさ」


ゆっくりと視線を外す。


そして——


近くにあった鈍器を手に取る。


「——これで終わりにする?」


「……っ!」


空気が一気に張り詰める。


「やめてください!」


反射的に声が出る。


けれど、奏は止まらない。


そのまま、迷いなく振り上げる。


狙いは、葵。


「——っ!」


考えるより先に、体が動いた。


間に入る。


その瞬間——


鈍い音が響く。


「……あ」


視界が揺れる。


何が起きたのか、一瞬分からない。遅れて、痛みが来る。


頭に、直撃していた。


「……っ」


膝が崩れる。視界が、ぐらりと傾く。


「……なんで」


遠くで、奏の声が聞こえる。


「なんで庇うの?」


答えようとする。


けれど、声が出ない。


「……」


視界の端で、葵が何かを叫んでいる。


でも、音が遠い。


「……っ」


意識が、ゆっくりと沈んでいく。


最後に見えたのは——


揺れている二人の姿だった。

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