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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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163話 俺×正体=もう戻れません。

「……奏先輩」


その一言で、空気が静かに軋んだ。


一瞬だけ、時間が止まる。


それから——


「……あーあ」


軽い声が落ちる。


葵の姿のまま、口元だけがゆっくりと歪む。


「バレちゃったか」


残念そうでも、焦っているわけでもない。どこか、肩の力が抜けたような声音だった。


「……」


真守は何も言わない。もう、確認する必要はない。


「でもさ」


奏が一歩、踏み出す。


「結構うまくやれてたよね?」


くすっと笑う。


「一番最初に会った時とか、完全に騙されてたし」


「……」


その言葉に、胸の奥がわずかにざわつく。


「……最初に会ったのは」


ゆっくりと言葉を出す。


「本当の葵先輩だと思ってました」


一拍置く。


「……違いますよね」


奏が、目を細める。


「うん」


あっさりと肯定する。


「私だよ」


「……」


「たまたま入れ替わってた時だったけどね」


軽く言う。


「でもさ、あの時——」


少しだけ、声が柔らかくなる。


「一目で好きになった」


「……」


空気が、わずかに変わる。


「本当はちゃんと、自分として会いたかったんだけど」


小さく息を吐く。


「ま、結果的には良かったかなって思ってた」


「……」


「だって」


真っ直ぐに見る。


「最初に会ったの、私なんだよ?」


その言葉が、重く残る。


けれど——


そこで終わらなかった。


「でもさあ」


声の温度が、ゆっくりと下がる。


「次に見た時にさ」


視線が、椅子に縛られている葵へ向く。


「やられてたんだよね」


「……」


「キス」


短く言う。


その一言で、これまでの思い出がゆっくりと流れ出す。ただ、そんなことなど関係ないように空気が凍る。


「よりによって、あの子が」


小さく笑う。


「また、だよ」


ぽつりと落ちる。


「……また?」


思わず聞き返す。


奏は、静かに頷く。


「昔からそう……私のもの、全部あっちに行く」


「……」


「気づいたら、取られてる」


淡々とした声だった。


怒りをぶつけるわけでもなく、ただ事実を並べるように。


「……だから」


顔を上げる。


その目は、もう笑っていなかった。


「今回くらい、いいでしょ?」


「……」


言葉が出ない。


何か言わなければいけないのに、何も浮かばない。


「それに」


奏が、ゆっくりと葵の前に立つ。


「ちょうどよかったし」


「……何がですか」


「決定打」


そのまま、葵の髪を掴む。


「——っ!」


体が引き上げられ、無理やり顔を上げさせられる。


「ねえ」


低く言う。


「覚えてる?」


強く、視線を合わせる。


「私に邪魔しないでって言ったよね?」


「……っ、んんっ……!」


口を塞がれているせいで、まともに声が出ない。


それでも必死に何かを訴える。


首を振る。


否定する。


「違う?」


笑う。


「違わないよね?」


そのまま——


頬を打つ。


乾いた音が響く。


「やめてください!!」


思わず叫ぶ。


体が勝手に動き、奏の手を掴む。


「もうやめてください!」


「……」


奏の動きが止まる。


ゆっくりとこちらを見る。


「……なに?」


本気で不思議そうな顔だった。


「なんで止めるの?」


「……それ以上やる必要ないでしょう」


強く言う。


「……」


少しだけ、間。


それから——


ふっと笑う。


「優しいね」


「……」


「やっぱ好きだわ」


軽く言う。


その温度差に、言葉が詰まる。


「……」


その隙に、真守は葵に手を伸ばす。そのまま、口を塞いでいた布を外した。


「……っ、は……」


息が漏れる。


震えている。


「……大丈夫ですか」


小さく声をかける。


葵は、ゆっくりと顔を上げ、視線が合う。その目には、はっきりと恐怖があった。


「……ささうら、くん……」


かすれた声。


「……ごめんね」


震える声で言う。


「……お姉ちゃん、止められなくて」


「……」


その一言で、空気が歪む。


背後で、何かが変わる。


「……は?」


低い声。


振り返る。


奏が、立っていた。


さっきまでの余裕は消えている。


「……何それ」


一歩、近づく。


「なんで真守に謝ってんの?」


声が震えている。


怒りと、何か別の感情が混ざっている。


「……違うでしょ」


「……」


「まず謝るの、私じゃないの?」


その目は、完全に壊れていた。


「ねえ」


もう一歩、近づく。


「なんであんたが真守に謝ってんの?」


「……」


「なんで私じゃないの?」


部屋の空気が、完全に変わる。

もう戻らない。そのことだけが、はっきりと分かっていた。

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