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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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160話 俺×似ているもの=同じはずなのに違います。

会長室の空気は、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静まり返っていた。

何も起きていないかのように整えられた空間。それなのに、自分の中だけがひどく乱れている。


さっきの光景が、まだ頭から離れない。


刃の光、滲んだ赤、壊れたような笑い方。


思い出すだけで、呼吸が浅くなる。


それを見透かしたように、会長が穏やかな声で言った。


「落ち着いたかい」


短く息を整えながら、なんとか頷く。


完全に落ち着いているわけじゃない。ただ、言葉を返せる程度には戻ってきただけだ。


「……赤坂先輩の件なんですけど」


意識的に話題を変える。


これ以上、さっきのことを考え続けるのは危険だと感じたからだ。


「進捗はどうなってますか」


会長は一拍置いてから、静かに答えた。


「大きくは変わっていない」


それだけだった。


あまりにもあっさりした返答に、逆に不安が増す。


何も進んでいないのか。それとも、進んでいるけど言えないのか。


判断がつかない。


喉の奥に引っかかっていたものが、そのまま言葉として出た。


「……分からないんです」


自分でも驚くほど、弱い声だった。


「全部が繋がらなくて。赤坂先輩のことも、葵先輩のことも……」


言葉にするほど、混乱が浮き彫りになる。


「何が本当で、何が嘘なのかも、もう分からないです」


会長はすぐには答えなかった。


その代わりに、じっとこちらを観察するように視線を向ける。その沈黙には、責めるような気配はない。ただ、整理されるのを待っているようだった。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「君の選択は、間違っていない」


はっきりとした声だった。


迷いがない。


「むしろ、正しい方向に進んでいる」


「……でも」


思わず言いかける。


何も分かっていないのに、正しいと言われても納得できない。


その言葉を遮るように、会長は続けた。


「答えが見えていないだけだ」


そして、少しだけ視線を落とす。


「答えは、もうすぐそこにある」


その言い方が妙に引っかかった。


目の前にあるのに、見えていない。

そんな言い方だった。


「ただ」


会長は軽く指先を組む。


「君は、物事を分けすぎている」


「……分けすぎている?」


「一つ一つを、別のものとして扱っている」


「……」


理解が追いつかない。


「だが、それが本当に別だと、どうして言い切れる?」


その一言で、思考が一瞬止まる。


「似ているものを、無理に切り離していないかい」


静かな声だった。


押し付けるような強さはない。


それなのに、その言葉は妙に深く入り込んでくる。


似ているもの。


別だと思い込んでいるもの。


頭の中で、何かが引っかかる。


葵と奏。


「……」


その瞬間、思考が一気に繋がりかける。


けれど——


まだ、確信には届かない。


曖昧なまま、形にならない。


そんな自分の様子を見て、会長はそれ以上は踏み込まなかった。


「今日はもう帰りなさい」


穏やかな声に戻る。


「これ以上考えても、今は混乱するだけだ」


「……はい」


素直に頷くしかなかった。


このまま無理に考え続けても、余計に絡まるだけだと自分でも分かっていた。


会長室を出た後のことは、ほとんど覚えていない。気づけば寮に戻っていて、気づけば自分の部屋に立っていた。


白ヶ崎が何かを言っていた気がする。真希那の声も聞こえた気がする。けれど、それらは全部、遠くの出来事みたいにしか感じられなかった。


現実感が薄いまま、体だけが動いている。


そのままベッドに倒れ込む。

食事を取る気にもならないし、会話をする余裕もない。


頭を使うこと自体がしんどかった。

目を閉じた瞬間、そのまま意識が落ちる。


そして——次に目を開けた時には、朝だった。


部屋の中は妙に静かで、誰の気配もしない。


体を起こして周囲を見ると、隣の布団は空だった。


少し考えてから、ようやく理解する。


気を遣ったのだろう。

真希那と白ヶ崎は、別の部屋で寝たらしい。


その優しさが、今は少しだけありがたかった。


一人で考えられる。


昨日、会長に言われた言葉を。


「似ているものを、別だと思い込んでいないか」


その一文が、何度も頭の中で繰り返される。


葵。


奏。


思い出していくと、小さな違和感がいくつも浮かび上がる。


言葉の癖、距離感、視線。


一致している部分と、ズレている部分。


それが偶然とは思えなくなってくる。


胸の奥が、ざわつく。


もう、見ないふりはできない。


「……行くか」


小さく呟き、部屋を出る。


誰にも声をかけずに、そのまま学校へ向かった。


教室には寄らない。


向かう先は決まっている。


奏のクラス。


扉の前で一度だけ立ち止まり、深く息を吐く。


そのまま中に入ると、すぐに目に入った。


奏が、何事もなかったかのように席に座っている。


その姿を見た瞬間、安堵と違和感が同時に胸に浮かぶ。


「奏先輩」


声をかけると、奏が顔を上げる。


「どうしたの?」


いつも通りの調子だった。


「少し、いいですか」


「いいよ」


軽く立ち上がる。


迷いのない動きだった。


そのまま二人で教室を出て、空き教室へ向かう。


扉が閉まると同時に、周囲の音が一気に遮断される。


そこで改めて、奏の姿をしっかり見る。


思っていた以上に、状態はひどかった。


腕に残る傷。首元の赤い跡。まだ新しいものも混ざっている。


見ているだけで、痛みが伝わってくるようだった。


「そんなに見る?」


奏が少し笑う。


「……いえ」


言葉に詰まる。


何から聞くべきか迷った末、結局一番気になっていることを口にした。


「葵先輩が……壊れたみたいなんです」


奏は一瞬だけ視線を逸らしてから、小さく笑った。


「やっぱり?」


軽い言い方だった。


けれど、その奥にあるものは軽くない。


「葵って昔からそうだからさ」


優しい声で続ける。


「だから気をつけてって言ったじゃん」


その言葉に、素直に頷いてしまう。


それが正しい反応だと、どこかで思ってしまった。


次の瞬間だった。


奏の表情が崩れる。


「……ほんとに、最近おかしくて」


声が震える。


「止めようとしたんだけどね」


腕を見せる。


傷がはっきりと見えた。


「この通り」


胸の奥が強く締め付けられる。


気づいた時には、自然と距離を詰めていた。


「大丈夫ですか」


奏は一瞬だけ驚いた顔をして、それからゆっくりと目を細める。


そして——泣いた。


静かに、抑えきれないように。


「怖かった」


小さく零れる声。


そのまま、体が寄ってくる。


抱きつかれる。


突然のことだったが、拒絶する理由はなかった。


「私を守って」


震える声が、すぐ近くで響く。


迷いはなかった。


「……分かりました」


自然に答えていた。


奏が少しだけ顔を上げる。


涙で濡れた目のまま、こちらを見る。


「ほんと?」


「はい」


短く返す。


その言葉を聞いた瞬間、奏の表情がわずかに変わる。


泣いているはずなのに、どこか安心したような笑みが混ざる。


「じゃあさ」


声が少しだけ柔らかくなる。


「明日の放課後、葵に会わせてあげる。直接話した方がいいでしょ?」


「……はい」


頷くしかなかった。


その提案は、あまりにも都合が良すぎる。けれど、それでも断る理由が見つからない。


奏はそのまま、じっとこちらを見る。


そして——


「ありがとう、真守」


初めて奏に名前を呼ばれる。


「大好き」


少しだけ場違いな言葉だった。


けれど、その違和感すら、今は判断できない。


「……はい」


そのまま受け入れる。


その瞬間、胸の奥で何かが確かに動いた。


違和感が、形になりかけている。


まだ断定はできない。


けれど——


確実に、何かがおかしい。


そして、その“おかしさ”の正体は、もうすぐ掴めるところまで来ている。


そう確信した時、自然と覚悟が固まっていた。


明日で、決着をつける。


そう思った。

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