157話 俺×独り言=聞いてはいけないものでした。
夜の公園は、思っていたよりも静かだった。
昼間の喧騒が嘘みたいに消えていて、街灯の光だけがぼんやりと地面を照らしている。風も弱く、音がない分だけ、自分の足音がやけに大きく感じられた。
「……」
来るべきじゃなかったかもしれない。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。それでも足は止まらない。
赤坂のこと、タイムリミット、共犯者。全部が絡み合って、立ち止まる余裕なんてなかった。
「……葵先輩」
小さく呼ぶ。
その声に反応するように、ベンチに座っていた影がゆっくりと顔を上げた。
「……あ、真守」
葵だった。
「……早いですね」
「うん」
短く頷く。
声はいつも通り。
少なくとも、表面上は。
「……」
少しだけ安心する。けれど、胸の奥に残る違和感は消えない。
「……今日は学校、休んでましたよね」
自然とそう聞いていた。
葵は少しだけ視線を落とす。
「……ちょっとね」
それから、ため息をつくように続ける。
「姉妹喧嘩しちゃって」
「……」
「もう最悪でさ」
苦笑する。
「顔も見たくなくて」
「……そうだったんですか」
「うん」
軽く頷く。
「それでイライラして、寝れなくて」
「……」
「そのまま気持ち悪くなって、休んだ」
内容としては、理解できる。
むしろ自然だ。
でも——
どこか、引っかかる。
「……」
沈黙が落ちる。
その間に、葵が立ち上がる。
そして——
一歩、距離を詰めてくる。
近い。
思っていたよりも、ずっと。
「……」
無意識なのか、それとも——
判断がつかない。
「……あの」
少しだけ距離を取ろうとする。
けれど葵も、自然に距離を詰めてくる。
逃げ場がない。
「……それで」
無理やり話を戻す。
「今日は、少し聞きたいことがあって」
「うん」
葵は頷く。
「いいよ、なんでも」
その言い方が、少しだけ重い。
「……赤坂先輩の件なんですけど」
真守は本題に入る。
「タイムリミットが決まりました」
「……」
「文化祭までに、共犯者を見つけないといけないんです」
「……そうなんだ」
反応は薄い。
「……」
「それで」
続ける。
「今の状況だと、自分一人じゃ厳しくて」
「……うん」
「だから、葵先輩の意見を——」
そこまで言いかけて、言葉を止める。
視線を感じた。
さっきよりも、ずっと強い。
「……」
葵が、じっとこちらを見ている。
逃げ場のない視線。
「……どうしました」
思わず聞く。
「……真守ってさ」
葵がぽつりと言う。
「ちゃんと、私のこと見てる?」
「……え」
意味が分からない。
「……どういう」
「最近さ」
少しだけ首を傾ける。
「他のことばっかり考えてない?」
「……」
言葉に詰まる。
確かに、そうだった。
「……」
何も言えない。
その沈黙を、葵はじっと見ていた。
それから——
ふっと視線を逸らす。
どこか遠くを見るように。
そして——
「……ほんと、邪魔なんだよね」
小さく呟く。
「……え」
聞き返す前に、言葉が続く。
「……いなくなればいいのに」
「……」
空気が変わる。
さっきまでの空気とは、明らかに違う。
「……死ねばいいのに」
「……っ」
息が止まる。
声は小さい。淡々としている。
それなのに——
異様に重い。
「……」
誰に向けた言葉なのか。考えるより先に、頭に浮かぶ。
——奏。
さっきの話。姉妹喧嘩。
「……」
真守の中で、繋がってしまう。
「……まさか」
その時だった。
「……あ」
葵が小さく声を漏らす。
「ごめん」
すぐに笑う。
「今のなし」
軽く手を振る。
「ちょっとイライラしてただけだから」
「……」
さっきまでの空気が、嘘みたいに消えていた。
「……」
何も言えない。
「……それで?」
葵がいつもの調子で言う。
「話、続けて」
「……」
頭が追いつかない。
けれど——
止まるわけにはいかない。
真守は無理やり思考を戻す。それでも、心のどこかで理解していた。
今のは——普通じゃない。
けれど、その違和感の正体には、まだ辿り着けない。
ただ一つだけ、はっきりと残っている。
「……」
——死ねばいいのに。
その言葉だけが、強く、頭に残っていた。




