156話 俺×電話=普通が一番怖いです。
教室の扉を開けた瞬間、空気が一変した。
「——そこもうちょい右!」
「いやそれだとバランス悪くね?」
「布足りてねぇって言ってんだろ!」
騒がしい。
机は端に寄せられ、中央には木材や布、段ボールが広がっている。クラス全体が一つの方向に向かって動いている、その熱量が一気に押し寄せてきた。
「……」
一瞬、立ち止まる。
この空気に、少しだけ置いていかれた感覚。
「……そうか」
文化祭。
会長が言っていた“一週間後”。
その現実が、こうして目の前にある。
「おい」
肩を軽く叩かれる。
振り返ると、神宮丸だった。
「やっと来たな」
ニヤニヤしている。
「お前も手伝え」
「……何やってんだこれ」
教室を見渡しながら聞く。
「見りゃ分かるだろ」
神宮丸が腕を組む。
「メイド喫茶だよ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「なんでそうなった」
「最高だろ?」
神宮丸が即答する。
「男の夢だぞ?」
「……」
こいつ、完全に賛成側だ。
「多数決で勝ったんだよ」
ドヤ顔で言う。
「当然の結果だな」
「最低だな」
真守は即座に返す。
「なんでだよ!」
「なんでもだよ」
「ってことで」
神宮丸が肩を組んでくる。
「お前も働け」
「いや俺——」
「関係ねぇ」
強引だった。
「クラスの一員だろ?」
「……」
反論できない。
その時だった。
「ほんと最悪なんだけど」
横から声が入る。
白ヶ崎だった。
腕を組み、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「変態な男どものせいでこうなったのよ」
「まあ……そうなるよな」
真守も苦笑する。
「よりにもよってメイド喫茶って、ほんと意味わかんない」
白ヶ崎がため息をつく。
「なんで私があんな格好——」
そこで言葉を止める。
「……」
真守は少しだけ考えてから、軽く言う。
「でもさ、似合いそうじゃん?」
「……え?」
白ヶ崎の動きが止まる。
「普通に可愛いと思うけど」
「……っ」
一瞬で顔が赤くなる。
「な、なに言ってるのよ」
視線が泳ぐ。
「別にそんなの——」
「いや絶対似合うって」
「……!」
追い打ちをかける。
白ヶ崎が完全に固まる。それから、小さく口を開く。
「……真守くんだったら」
声が少しだけ小さい。
「……いつでも見せてあげるのに」
「……」
空気が一瞬止まる。
「はぁ!?」
神宮丸が即座に割り込む。
「お前ら何それ!?どういう関係!?」
「うるさい」
白ヶ崎が即座に切る。
「黙って」
「いや黙れねぇだろ!」
神宮丸が詰め寄る。
「今の完全にそういう流れだったぞ!?」
「違うから!」
「どこがだよ!」
「……」
教室がざわつく。
周りの視線も集まり始める。
「……はぁ」
真守は軽くため息をつく。
騒がしい。
けれど——
「……」
少しだけ、落ち着く。
さっきまでの焦りが、ほんの少しだけ薄れる。
気づけば、そのまま時間は流れていった。
やがて、教室のざわめきは夕方の色に変わっていく。
窓の外は、すでにオレンジに染まっていた。
「……」
放課後。
その瞬間、一気に現実に引き戻される。
時間がない。
「……帰る」
短く言って、教室を出る。
白ヶ崎が何か言いかけた気がしたが、振り返らなかった。
家に戻ると、すぐに机に向かう。
ノートを開く。
「……」
情報を整理する。
赤坂。
共犯者。
黒ヶ峰。
神楽坂。
そして——
「……葵先輩」
ペンが止まる。
違和感が、頭から離れない。
距離や視線。それと、あの妙な圧。
「……」
そして、奏の言葉。
——近づかないほうがいい。
「……」
分かってる。
危険かもしれない。
それでも——
「……」
知りたい。
核心に一番近い気がする。
スマホを手に取り、少しだけ迷う。
それでも——送る。
[少し話せますか]
数分後。
着信音が鳴る。
「……」
画面には、葵の名前。
通話を取る。
「……はい」
「真守?」
いつも通りの声。
「どうしたの?」
「……少し話したいことがあって」
「いいよ」
即答だった。
「どこで?」
「……公園で」
「うん、分かった」
迷いがない。
「夜でも大丈夫?」
「……はい」
「じゃあ待ってるね」
通話が切れる。
「……」
静かになる部屋。
外へ出る支度を終えて、家を出る。
夜の空気が少し冷たい。
「……」
歩き出す。
向かう先は、公園。
分かってる。
この選択が正しいかなんて、分からない。
それでも——
止まれなかった。
そのまま、真守は夜の中へ歩いていった。




