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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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152話 俺×接触=距離の詰め方を間違えています。

副会長スペースを出たあと、真守と葵はそのまま会計の席へと向かった。


廊下を歩く足音が、やけに静かに響く。


「……」


隣を歩く葵の気配が近い。


さっきからずっとそうだが、距離が一定より近いまま変わらない。

意識しないようにしても、どうしても気になる。


「……」


何も言わずに歩き続け、会計のスペースへと辿り着く。


中では、坂下が一人で机に向かっていた。


カタカタ、と規則的な音。書類をめくる音。ペンを走らせる音。顔を上げる様子もなく、黙々と作業を続けている。


「……」


その姿を見て、真守は一瞬だけ安堵する。


少なくとも、ここにはさっきのような張り詰めた空気はない。


——はずだった。


「坂下」


隣で、葵が声をかける。


「ん?」


坂下がようやく顔を上げる。


「あれ、夢百合さん」


軽い調子だった。


「どうしたの」


「ちょっと聞きたいことあってさ」


葵は自然に近づく。


一歩、また一歩と距離を詰めていく。


その動きは不自然じゃない。


ただの“会話の距離”のはずなのに、どこかじわじわと圧をかけているようにも見えた。


「赤坂ってさ」


唐突ではない。


けれど、急に核心に触れすぎないように、ほんの少しだけ回り道をしているような言い方。


「同じクラスだよね」


「……赤坂?」


坂下は少しだけ考える。


「うん、いるね」


「どんな感じの人?」


「どんなって……」


坂下は視線を少しだけ上に向ける。


思い出そうとしている様子だった。


「……別に普通じゃない?」


「普通かぁ」


葵が笑う。


そのまま、さらに半歩だけ距離を詰める。


「仲良かったりした?」


「いや、全然」


坂下はあっさりと答える。


「同じクラスだけど、話したことほとんどないし」


「へぇ」


葵の声が少しだけ落ちる。


「ほんとに?」


「……ほんとにだけど」


坂下の表情は変わらない。


淡々としている。それが逆に、余計な感情を感じさせない。


「……関わりとかも?」


「ないって」


坂下が少しだけ眉を寄せる。


「なんでそんな聞くの」


「いや、ちょっと気になって」


葵は笑ったまま、さらに一歩踏み込む。


距離が近い。


さっきまでの“会話距離”を、明らかに超えていた。


「最近さ、変じゃなかった?」


「……いや?」


坂下が少しだけ視線を逸らす。

その一瞬の動きを、葵は見逃さなかった。


「今、ちょっと間あったよね」


「は?」


「なんか隠してない?」


「隠してないけど」


声にわずかな苛立ちが混ざる。


「ほんとに関わりないって言ってるじゃん」


「でもさ」


葵がさらに詰める。


逃げ場を塞ぐように。


「“関わりない人”のことって、そんな考える?」


「……」


坂下が一瞬、言葉に詰まる。


「……いや、それは」


「なんで今考えたの?」


「だから——」


「何かあるからじゃないの?」


「ちょっと待ってください!」


真守が思わず割って入る。


空気が一気に変わる。


「……葵先輩、そこまで聞く必要ないです」


「なんで?」


即答だった。


「関係あるかもしれないじゃん」


「それでも、これは——」


「真守は知りたくないの?」


言葉が詰まる。


「……」


一瞬だけ、返せなかった。


その間に、葵はさらに一歩前に出る。


「坂下」


声のトーンが変わる。


柔らかさが消える。


「ほんとに、何もないの?」


「……っ」


坂下の肩が、わずかに揺れる。


怯えていた。


「……ないって言ってるでしょ」


小さく、そう返す。


けれど、その声にはさっきまでの余裕はなかった。


「……」


それを見た瞬間、真守は強く踏み出す。


「もういいです!」


葵の手首を掴む。


「行きましょう」


強引に引く。


「……」


葵は抵抗しなかった。ただ、引かれるまま動く。


「……すみません」


坂下に向かって頭を下げる。


「気にしないでください」


坂下はそれだけ言って、すぐに視線を戻した。

作業に戻る音が、やけに冷たく響いた。


そのまま半ば強引にその場を離れ、副会長スペースへ戻る。


椅子に腰を下ろした瞬間、真守は小さく息を吐いた。


「……やりすぎです」


はっきりと言う。


「あそこまでやる必要はありません」


「……」


葵は何も答えない。


ただ、じっと真守を見ている。


「……聞いてますか」


もう一度言おうとした、その時だった。


「ね」


葵が静かに口を開く。


「さっき」


真守の手を、そっと握る。


「触ってくれたよね」


「……っ」


一瞬、思考が止まる。


「……」


そのまま、ぎゅっと握られる。

指が絡む。逃げ場がない。


「嬉しかった」


小さく、でもはっきりと。


「……」


心臓の音がうるさい。


「……離してください」


反射的に手を振り払う。


「……」


葵の手が、空中で止まる。


そのまま、ゆっくりと下がる。


「……なんで?」


顔を近づけてくる。


さっきよりも、さらに距離が近くなる。


「嫌なの?」


「……」


答えられない。


何を言えばいいのか分からない。


「……」


葵の目が、真っ直ぐすぎる。


逃げ場がない。


「……」


視線を逸らす。


そのまま、腕時計を見る。


「……もうすぐ昼休みですね」


無理やり話題を変える。


「……一旦、休憩しませんか」


「……」


葵はしばらく何も言わなかった。ただ、じっと見ている。


それから——


「じゃあさ」


ぽつりと言う。


「一緒に食べよ」


「……え?」


「お弁当」


少しだけ嬉しそうに笑う。


「真守のために作ってきた」


「……」


意味が分からなかった。


「……自分の、ですか」


「うん」


当たり前みたいに頷く。


「一緒に食べよ?」


逃げ道が、なかった。


「……」


断る理由が見つからない。見つけてはいけない気もする。


「……分かりました」


小さく、頷く。


「……ありがとうございます」


「うん」


葵が笑う。


その笑顔を見ながら——


「……」


真守は、ほんの少しだけ背筋に冷たいものを感じていた。


それでも、そのまま二人は昼休みを過ごすことになった。

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