151話 俺×推理=信じるものを間違えそうです。
昨日の騒がしさが嘘みたいに、廊下は静かで、いつも通りの学園の朝が広がっている。
けれど、その“いつも通り”がどこか現実味を持たないのは、自分の中だけがまだ昨日から抜け出せていないからだと、なんとなく分かっていた。
「……」
玄関を出て、歩き出す。
隣には白ヶ崎がいる。それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。
「今日、生徒会行くの?」
白ヶ崎が前を向いたまま聞いてくる。
「……うん」
短く返す。
「教室は?」
「後回しで」
赤坂のことが頭から離れない。
「……分かった」
白ヶ崎はそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ距離を詰めてくる。
「気をつけて」
その一言だけが、静かに残る。
「……うん」
それだけ返して、校門へ向かう。
校門をくぐった瞬間、進路を変える。教室には向かわず、そのまま生徒会室へ。
足が自然と速くなる。
「……」
赤坂がいない。連絡も取れない。そして、退学処分。全部が繋がっているようで、まだ何も分かっていない。
「……急がないと」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
時間がない。それだけは、はっきりしていた。
生徒会室の前に立つ。
ドアノブに手をかける直前、ほんの一瞬だけ動きが止まる。
「……」
葵の顔が浮かぶ。昨日のあの距離、あの目。
「……」
考えるな、と自分に言い聞かせる。
ドアを開ける。
「——真守!」
中に入った瞬間、声が飛んできた。
視線を上げるよりも早く、葵がこちらへ駆け寄ってくる。
距離が、一気に詰まる。
「……おはようございます」
反射的に、少しだけ目を逸らしながら返す。
「おはよう!」
葵はいつも通り、明るく笑う。
「来てくれたんだね」
「……はい」
短く返す。
「犯人、探しましょうか」
できるだけ平静を装って言う。
葵が一瞬だけこちらを見て、それから小さく頷いた。
「うん」
その笑顔は、いつも通りに見える。
けれど——
「……」
ほんの少しだけ、何かが違う気がした。
その違和感を深く考える前に、真守は視線を逸らし、副会長スペースへと歩き出す。
葵も当然のようにその後ろについてくる。振り返ることはしなかったが、その距離の近さだけははっきりと分かった。
席に着き、机に手を置く。
「……」
頭の中で整理する。
共犯者は、生徒会メンバーの中にいる。
つまり——ここにいる誰か。
「……」
まず思い浮かぶのは神楽坂先輩。
情報を持っている。行動が読めない。けれど、それだけで疑うのは危険だ。
「……」
今は誰も信用するな。
会長の言葉が、頭の中で反芻される。
「……」
そして、葵。
協力者として指名されている。それは安心材料なのか、それとも——
「……」
分からない。判断材料が足りない。考えれば考えるほど、足元が曖昧になる。
その時だった。
「真守」
葵が声をかけてくる。
「一人一人、見ていかない?」
「……どういうことですか」
「仕事してるところに行って、動き見て」
自然な流れで言う。
「ついでに話もして、アリバイ確認する」
「……」
合理的だった。
今の状況では、それが一番確実だ。
「……いいですね」
頷く。
「じゃあ行こ」
葵が立ち上がる。
迷いがない。
その動きの速さに、ほんの少しだけ違和感を覚えながらも、真守はそれを表に出さずに後を追った。
最初に向かったのは庶務スペースだった。
中では三宝と山影が向かい合い、資料を広げながら話し合っている。
「——こいつぁ決まりじゃろ」
三宝の低い声。
「はい。でもこっちはまだ裏取り必要っすね」
山影が返す。
机の上の資料には、制裁対象の名前が並んでいる。
「……」
いつもの光景だった。
「何の用だ」
山影が顔を上げ、鋭く言う。
「今忙しいのだが」
その空気を気にする様子もなく、葵が一歩前に出る。
「赤坂って人、知ってる?」
「……は?」
あまりにも唐突だった。
「おい……」
思わず声が出る。
予定ではなかった。もっと段階を踏むつもりだったのに。
「仕事の邪魔すんな」
山影が強く言う。
「今それどころじゃない」
「関係あるから聞いてる」
葵は一歩も引かない。
視線も逸らさない。
「……」
空気が一瞬、張り詰める。
「……ちっ」
山影が舌打ちする。
「赤坂?クラスメイトだから顔と名前は知ってる」
ぶっきらぼうに言う。
「それ以上は知らない」
三宝も続く。
「わいも同じじゃ」
短く答える。
「顔と名前くらいじゃな」
それ以上の情報は出てこなかった。
「……」
真守は小さく頷く。
この二人が関わっている可能性は低い。少なくとも、この件では。
「お邪魔しました」
そう言って、その場を離れる。
廊下に出ると、さっきまでの緊張感が少しだけ抜ける。
そのまま二人は再び副会長スペースへ戻った。
席に着くと同時に、葵が口を開く。
「今の感じだと、あの二人は違うね」
「……そうですね」
関わりが薄すぎる。
「で」
葵が少しだけ間を置く。
「一番怪しいのは、黒ヶ峰」
「……」
真守も同じ結論だった。
「……自分もそう思います」
赤坂と接点がありそうな人物。そして、動きが読めない。
「あと、神楽坂先輩」
葵が続ける。
「……はい」
そこも一致していた。
「この二人は最後に回そ」
葵が言う。
「一人ずつ潰していって、最後に当たる」
「……効率的ですね」
「でしょ?」
葵が笑う。
その笑顔を見た瞬間——
「……」
また、違和感が浮かぶ。
ほんのわずか。でも、確かに。
「……」
それを押し込める。
今は、それを考えている場合じゃない。
「じゃあ次」
葵が立ち上がる。
「会計、行こ」
「……はい」
真守も立ち上がる。
向かう先は坂下のもと。
「……」
進みながら、思う。
本当に、これでいいのか。
けれど——止まる理由は、どこにもなかった。
そのまま二人は、次の場所へと足を向けた。




