14話 俺×生徒会室=自己紹介してもらいます。1
《メッセージ 一件》
『ごめんねまー君! 実は遅刻っていうのは嘘で、ちょっと驚かせたくてお姉ちゃんが腕時計の時間を一時間ずらしちゃいました〜♪♡』
「……」
真守は無言でスマホを見る。それから教室の時計を見る。最後に、自分の腕時計を見る。
「……やっぱ俺のだけじゃねぇか」
どうりで誰もいないわけだ。
廊下にも。
校門にも。
人の気配すらなかった。遅刻どころか、むしろ早すぎる。
「あのバカ姉……」
弟の腕時計を一時間ズラすイタズラを普通するか?
いや、真希那ならやる。やるのが問題だった。
「……まぁ、結果オーライってことで」
小さく息を吐きながら、鞄から文庫本を取り出す。
教室には誰もいない。だからこそ、変に気を遣わなくていい。
「……ん、これ面白いな」
自然と独り言が漏れる。
「今回の衝動買いは当たりだったかも」
足を机に乗せ、椅子の背もたれに体重を預ける。
かなりだらしない格好だった。だが、今は誰もいない。誰にも見られていない。
——そう思っていた。
ガラッ。
突然、教室の扉が開く。
「失礼します! 楽々浦君はいますか!」
「は、はいっ!?」
反射的に飛び起きる。
一人の世界から無理やり現実へ引き戻されたせいで、頭が追いつかない。
慌てて姿勢を正す。
「なんだ、君しかいないじゃないか」
「……え?」
そこでようやく、相手の顔を見る。
「……」
数秒、思考停止。
「……あ」
見覚えがある。
昨日、話した。
生徒会長。
「生徒会……?」
ぼそりと呟く。
昨日、たしか会長と話をする約束が——
「……って」
一気に血の気が引く。
「か、会長!?」
「あはは」
会長が楽しそうに笑う。
「今、気づいたのかい?」
「も、申し訳ございません!!」
勢いよく頭を下げる。
「と、とんでもない無礼を……!」
「いやいや、大丈夫だよ」
会長は相変わらず穏やかだった。
「僕は別に気にしてない」
「は、はぁ……」
「それより」
会長が教室を見渡す。
「君のB組は、少しまとまりがないね」
「……まとまり、ですか?」
率直に聞き返す。
すると会長は、蛇行していた机を一つずつ整えながら口を開いた。
「まず、B組なら始業一時間前には登校しているべきだ」
「早すぎません?」
思わず本音が漏れる。
会長は苦笑しながら続けた。
「それと、この机の乱れ方を見る限り」
「このクラスでは、もうすぐいじめが始まる」
「……え?」
真守は思わず周囲を見る。
机。
椅子。
乱れた配置。
「……いやいや」
そんなので分かるわけ——
「しかも、このクラスは分かりやすい」
会長が静かに言う。
「誰が標的になるかまで見えてくるよ」
「……」
真守の背中に嫌な汗が流れる。
(待て。それ、絶対俺じゃないか?)
「……いじめ、ですか」
「そう」
会長が頷く。
「分かりやすいクラスほど、空気は偏る」
「……」
(怖いこと言うなこの人)
「……まぁ、一つ安心してほしいんだけど」
会長がこちらを見る。
「楽々浦君ではないよ」
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
「君じゃない」
「……」
その一言だけで、真守の心はかなり軽くなる。
だが逆に気になる。じゃあ誰なんだと。
そんな真守の顔を見て、会長が小さく笑った。
「言いたいことは分かるよ。でも、今はその話をする必要はない」
「……で、でも」
真守は思わず前に出る。
「同じクラスなんです。いじめなんて、見過ごせません」
言った瞬間。
少しだけ、自分でも違和感があった。会長は、その違和感を逃さなかった。
「本当に?」
「……え?」
「君は本当に、その子を助けたいのかな」
穏やかな声だった。
だからこそ、刺さる。
「ただ」
会長が一歩近づく。
「誰よりも早く“いじめ”を知って、優越感を得たいだけじゃないのかい?」
「っ……」
言葉が詰まる。
図星だった。
助けたい気持ちがゼロなわけじゃない。
でも。
“自分だけが知っている”
その状況に、少しだけ興奮していた。
最低だ。
「……」
何も言い返せない。そんな真守を見て、会長は小さく息を吐いた。
「まぁ、この話はまた今度にしよう。今は、君を生徒会室へ案内する方が先だ」
「……」
真守は無言で頷く。
さっきまでのテンションは完全に消えていた。
そのまま、会長の後ろをとぼとぼと歩く。しばらくして会長が、とある扉の前で立ち止まった。
「……」
真守は目を瞬かせる。
大きい。いや、扉からして明らかに豪華すぎる。
「楽々浦君」
会長が優しく微笑む。
「準備はいいかい?」
そう言いながら、こちらへ手を差し伸べる。
いや待て。
この流れで手を取ったら色々と誤解されそうなんだが。
「……だ、大丈夫です」
真守は微妙に距離を取りながら答える。
「ドア、開けてもらっていいですか」
「あはは」
会長が笑う。
「本当に分かりやすいな、君は」
そう言いながら、扉を開いた。
「……え」
その瞬間。
真守の思考が止まる。
広い。いや、広すぎる。
硝子の長机。豪華すぎる内装。生徒会役員用と思われる席。学校の中とは思えない空間だった。
「……は?」
思わず声が漏れる。
「学校の中に、こんな場所が……」
「ようこそ」
会長が両手を広げる。
「我が生徒会室へ!」
その言葉と同時に。
席に座っていた生徒達が、一斉に立ち上がった。
「紹介しよう」
会長が真守の肩に手を置く。
「この子が、新しい生徒会メンバーの楽々浦真守君だ!」
「……は?」
勝手に加入していた。
「……あれ?」
会長が首を傾げる。
「今日は否定しないんだね?」
「いや、あの」
真守は生徒会室を見渡す。
「ここ、本当に学校ですか……?」
「もちろん学校だよ?」
会長が少し困ったように笑う。
すると、その空気を切るように、一人の女子生徒が前へ出た。長い髪をかき上げながら、真守を見る。
「会長」
冷たい声。
「本当にこの人が、次期生徒会長に相応しいのでしょうか?」
「……」
空気が張る。
だが会長は、すぐに笑った。
「チヅル君」
優しい声だった。
「まだ楽々浦君を知ろうともしていないのに、その発言は良くない」
「……っ」
女子生徒——チヅルは悔しそうに唇を噛む。
「申し訳ございません」
そう言って下がった。
「……」
怖ぇ。
「……あの」
真守はそっと後ずさる。
「やっぱ俺、教室戻りますね……」
無理だ。
空間が異質すぎる。絶対ここにいてはいけない。
だが——
「おっと、それはダメだよ」
会長が腕を掴む。
「か、会長……!」
「君は今、逃げたいだけだろ?」
距離が近い。近すぎる。顔がかなり近い。
「か、会長!?」
思わず変な声が出る。
「困ってる楽々浦君、可愛いからね」
「……」
この人、本気で言ってるのか?
「まぁ、安心してくれ」
会長は肩に手を置いたまま微笑む。
「今から、生徒会メンバーを紹介するだけだから」
そう言って会長は、列の端に立っていた巨漢を前へ押し出した。




