13話 俺×早朝=落ち着きがありません。
はぁ……昨日はやたら長い一日だった。
新しい部屋への引っ越し、隣人トラブル、そして姉との同居生活の開始。どれもこれも一日で消化するには重すぎる出来事ばかりだった。
家具の配置は一通り終わったものの、荷物はまだ段ボールの中に詰め込まれたまま放置されている。
「……まぁいいか、明日やれば」
そう呟くと、真守はそのままベッドへと身体を預けた。疲労が一気に押し寄せ、意識はあっという間に闇へと沈んでいった。
——そして翌朝。
「ふぁ〜……よく寝た……」
小鳥の囀りが微かに耳に届く。カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日が、ゆっくりと部屋を照らしていた。
だが、目を開けるのが面倒だ。
(……もうちょい寝るか)
真守はそのまま二度寝を選択した。
——数十分後。
(そろそろ起きないとまずいよな……)
頭では理解している。だが、身体が重く、どうしても布団から抜け出せない。
(……いや、ダメだ。ここでサボったら終わる)
自分に言い聞かせるように意識を奮い立たせる。
(まずは軽く伸びでも——)
目を閉じたまま、腕を前へと伸ばす。
むにっ。
「……ん?」
柔らかい。妙に弾力のある、明らかに布団とは違う感触。
「っん……あっ……んっ……」
耳に届く、妙に色っぽい声。
(……は?)
「あぁん、まー君……そこ、もっと……」
その一言で、状況を理解した。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「……は?」
視界に飛び込んできたのは——下着姿の真希那だった。
「うわぁぁぁぁあ!?」
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「朝から何してんだよ!?」
「だって〜、まー君の寝顔が可愛かったから〜」
悪びれた様子は一切ない。
(……鍵、増やそう)
心の中で静かに決意する。
「てかなんで一緒に寝てんの!?」
「いいじゃん、姉弟なんだし〜」
「よくねぇよ!!」
完全に目が覚めた。
そんな真守とは対照的に、真希那はベッドの上でくつろいだまま、のんびりとした様子を崩さない。
「あっ、そうだ。朝ごはん作ってあるよ?」
「……え?」
意外すぎる一言に、思わず間の抜けた声が出る。
「顔洗ってきなよ〜」
片手をひらひらと振りながら言うその姿は、どこか母親のようでもあった。
(こういうとこだけちゃんとしてるんだよな……)
「真希ねぇは起きないの?」
「私はもうちょい寝る〜」
ごろんと寝返りを打つ。
その無防備な姿に、真守は視線のやり場に困る。
(いや、服着ろよ……)
その瞬間——下半身に違和感を覚える。
「あれ〜、まー君元気だね〜?」
「なっ!?」
顔が一気に熱くなる。
「こ、これは違うからな!?」
「はいはい、朝は勝手にそうなるやつでしょ?」
「……うん」
反論できないのが悔しい。
「でもさ〜、お姉ちゃんで興奮したって言ってくれてもいいのに〜」
ニヤニヤしながら距離を詰めてくる。
次の瞬間——
ドンッ。
「ちょっ!?」
押し倒された。
馬乗りの状態で手首を抑えられる。
距離が近い。近すぎる。
「このまま、しちゃおっか……」
「な、なに言ってんだよ!?」
完全に思考停止。
「嫌なら抵抗すればいいのに〜」
「それは——」
——ピンポーン。
インターホンの音が、緊迫した空気を切り裂いた。
(助かった……!!)
「お、俺出てくる!!」
「え〜、もう〜」
不満そうな声を背に、真守は逃げるように玄関へ向かう。そして勢いよくドアを開けた。
「はい、何の用——」
言葉が止まる。
「おはよう、楽々浦くん!」
そこに立っていたのは白ヶ崎だった。
昨日、あれだけ突き放すようなことを言っていた相手。
「……なんで?」
困惑が先に立つ。
「その……また酷いこと言っちゃったから……」
もじもじと視線を逸らす白ヶ崎。
(またこのモードか……)
「ちゃんと謝りたくて……」
「いや、ほんと気にしてないって」
できるだけ自然に返す。
「ほんと?」
「ほんとほんと」
昨日と全く同じやり取りに、軽い既視感を覚える。
「……優しいよね、真守くんは」
「え?」
一瞬、思考が止まる。
名前で呼ばれた。
「あっ、違うの!今のは——」
慌てて取り繕う白ヶ崎。
「じゃ、じゃあまたね!」
そのまま逃げるように部屋へ戻っていった。
「……なんだったんだ?」
理解が追いつかない。
そんな中——
「まー君、遅刻するよ?」
背後から抱きつかれる。
「うわっ!?」
「玄関でぼーっとしてるから〜」
「いや服着ろ!!」
「ありゃ、つい癖で」
てへっと笑う。
(癖で済ませるな)
「それより時間!」
「……え?」
時計を見る。
「や、やばぁぁぁぁい!!」
完全に遅刻寸前。
慌てて支度を済ませ、寮を飛び出す。
「まー君、お弁当!」
「弁当!?」
完全に忘れていた。
「せっかく作ったのに〜!」
「ごめん!次は持つ!!」
そのまま全力疾走。
「はぁ……はぁ……」
運動が得意ではない真守にとって、これはかなりの重労働だ。
なんとか校門前へ到着。
膝に手をつき、呼吸を整える。
「……よし」
顔を上げたその時——
「あれ……?」
視界の端に見えた人物。
「赤坂先輩……?」
寮の方へと歩いていく後ろ姿。
朝の登校時間とは逆方向。しかも、どこか疲れ切った様子だった。
声かけるべきか一瞬迷う。
だが——
「……今は無理だ」
遅刻が頭をよぎる。
そのまま学校へと走り出した。
下駄箱、廊下、全力で駆け抜ける。教室前に到着し、時計を確認する。
(……間に合った!)
安堵しながらドアを開ける。
「……は?」
誰もいない。
静まり返った教室。
——ピロリン。
スマホの通知音が響き、画面を見る。
『真希那
ごめんねまー君!実はあの……』
(……嫌な予感しかしない)
続きを開く。
そして——
「あのバカ姉ぇぇぇ!!」
真守の叫びが、誰もいない教室に虚しく響いた。




