12話 俺×隣人=気が抜けません。
「ま、まじかよ……」
真守は自分の部屋の前で立ち尽くしていた。
両隣——赤坂唯と白ヶ崎咲音。
どちらも関わると厄介な人物だということは、今日一日で嫌というほど理解している。
「……いや、ここはちゃんと挨拶しとかないとダメだろ」
逃げたら確実に後で詰む。むしろ、ここで印象を良くしておけば多少はマシになるはずだ。
(よし……まずは白ヶ崎からだ)
意を決して、インターホンを押す。
ピンポーン——
「……はい」
返ってきたのは、どこか弱々しい声だった。
(あれ……?)
「あ、あの……お隣に引っ越してきた、楽々浦です」
一瞬の沈黙。
「……楽々浦くん?」
その声のトーンが、一気に変わった。
ガチャ——
扉が勢いよく開く。
「さ、楽々浦くんっ!?なんでここに!?」
そこにいたのは、見慣れた——いや、見慣れない白ヶ崎だった。
驚きと、ほんの少しの喜びを混ぜた表情。
(……え?誰?)
「えっと……さっき言った通り、お隣に引っ越してきて」
「う、嘘……同じ階……?」
頬を染め、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせる白ヶ崎。クラスで見せていたあの冷たい態度とは、まるで別人だった。
(なにこれ……逆に怖いんだけど)
「あのさ……俺がお隣で嫌じゃないの?」
探るように問いかける。
すると白ヶ崎は、ハッとしたように目を伏せた。
「そんなことない……むしろ、その……」
もじもじと指先をいじる。
「私、楽々浦くんに……ひどいこと言っちゃったから……」
「……え?」
予想外すぎる言葉に、思考が止まる。
「ねぇ、楽々浦くん」
顔を上げ、まっすぐこちらを見る。
「私のこと……嫌い?」
「っ……」
距離が近い。視線が強い。
(なんだこのイベント!?)
「き、嫌いじゃないよ!」
反射で答える。
「ほ、本当……?」
ぱぁっと顔が明るくなる。
「私、本当は……仲良くなりたくて……」
(なにこれ、甘すぎるだろ……)
さっきまで罵倒されてた相手とは思えない。
違和感はある。あるけど、それ以上に可愛さが上回る。
「あの時は……緊張してただけで……」
「緊張であそこまで言う!?」
思わずツッコむ。
「あっ……と、とにかく!」
白ヶ崎は慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!」
深々とした、ちゃんとした謝罪。
その姿に、真守は一瞬言葉を失う。
「……もういいって。気にしてないから」
「でも……」
「いいって。ほんとに」
少し笑ってそう言うと、白ヶ崎は恐る恐る顔を上げた。
「……じゃあ、その……」
少しだけ距離を詰めてくる。
「私と……友達になってもらえますか?」
「っ……」
(やばい、普通に可愛い)
心臓がうるさい。
「だ、ダメなわけないだろ!むしろ俺も——」
「ほんとっ!?」
顔が一気に近づく。
「私、嬉しい……!」
(近い近い近い!!)
理性が持たない距離。
「じゃあさ……」
白ヶ崎が、少し照れながら言う。
「下の名前で呼んでもいい?」
「えっ」
「楽々浦くんじゃなくて……その……」
「……いい、けど」
(これは……来るのか?)
一気に距離が縮まる展開。
真守は目を閉じる。
(ここで名前呼び……完全にイベントだろ)
そして——
「まー君!」
「……は?」
聞き覚えしかない声。
「まー君ー!」
(いやいやいやいや)
嫌な予感しかしない。
そして、目を開ける。
「迎えに来ちゃった♪」
そこには、最悪のタイミングで現れる女、楽々浦真希那。
「……終わった」
真守は静かに絶望した。
「ま、真希ねぇ……なんで今なんだよ……」
「だって遅いんだもん♪」
そのまま当然のように距離を詰めてくる。
白ヶ崎は固まっていた。
そして、ゆっくりと真希那を見る。
「……誰?」
空気が変わる。
「この女、誰なの?」
「いや、その——」
説明しようとした瞬間、
「変態っ!最低っ!死ねクソ男!!」
(おかえり俺の知ってる白ヶ崎)
一瞬で元に戻った。
「ちょっとあんた!」
今度は真希那がキレる。
「私のまー君に何言ってんのよ!」
「は!?おばさんが高校生に手出してる方がキモいでしょ!」
「おばさん!?」
火に油。
「二人とも落ち着——」
「まー君は黙ってて!」
「ゴミは黙ってて!」
「はい」
完全に蚊帳の外。
「最悪……なんでこんなゴミと隣人なのよ!」
「だからさっきから——!」
言い合いはヒートアップしていく。
(これ止められるやついないだろ……)
そして——
「もういい!帰る!!」
白ヶ崎は勢いよくドアを閉めた。
バンッ——
静寂。
「……なんだったのあの子」
「それはこっちのセリフだよ……」
真守は天を仰いだ。
(隣人ガチャ、外れすぎだろ……)
ちなみにその後、赤坂の部屋にも行ったが——不在だった。
こうして真守の新生活は、快適なのに全く気が抜けない、そんな場所で幕を開けたのだった。




