表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
PR
149/226

148話 俺×逃避=もう逃げるしかありません。

放課後のチャイムが鳴り終わっても、席を立つ気になれなかった。


教室の空気は、いつも通りだったはずなのに、どこか違って感じる。騒がしさも、笑い声も、全部が遠くにあるみたいだった。


「……」


視線を落とす。


頭に浮かぶのは——さっきの葵の顔だった。


あの目、あの距離、あの空気。


「……行くの?」


隣から、白ヶ崎の声。


「生徒会」


短く聞かれる。


「……今日は、いいや」


少しだけ間を置いて答える。


「……そう」


それ以上は何も聞かれなかった。


ただ、それだけで十分だった。


無理に聞かない、詮索もしない。

でも、離れない。


「帰るか」


小さく言う。


「うん」


白ヶ崎も、それだけ返す。


教室を出て、廊下を歩く。

いつもなら何も気にしないはずの距離なのに、やけに長く感じた。


「……」


何も話さない。


けれど、気まずさはなかった。


ただ——少しだけ急ぎ足になっている自分に気づく。

早く、ここから離れたい。理由は、分かっていた。


「……」


階段を降りて、昇降口へ向かう。


下駄箱が見えてくる。


その瞬間、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

ここまで来れば、大丈夫。そう思った。


靴を履き替える。


かかとを踏み込んで、外に出ようとした、その時だった。


「——真守」


背後から、声。


「……」


一瞬で、体が固まる。


聞き間違いじゃない。


分かっている。


でも——


「……行くぞ」


何事もなかったかのように、白ヶ崎に声をかける。そのまま歩き出そうとする。


「待って」


足音が近づく。


次の瞬間——


ぐっと、肩を掴まれた。


「っ……」


思わず、息が詰まる。


強い。


明らかに、いつもより。


「なんで無視するの?」


すぐ後ろから、声が落ちてくる。


近い。


距離が、おかしい。


「……いや、気づかなかっただけで」


振り返らずに返す。


声が少しだけ硬いのが、自分でも分かった。


「……ほんとに?」


少しだけの、間。


その間が、妙に長く感じる。


「……はい」


ようやく振り返る。


そこにいた葵の顔を見て——


一瞬、言葉を失った。


「……」


笑っているはずなのに。目が、笑っていなかった。

いや、それだけじゃない。どこか、ズレている。いつもと同じ顔のはずなのに、何かが違う。


「……」


ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。


「……帰るの?」


葵が首を少し傾ける。


「生徒会、来ないの?」


「……今日はちょっと」


言葉を選ぶ。


不用意なことを言えば、どうなるか分からない。そんな感覚があった。


「……そっか」


葵が、ゆっくり頷く。


それだけなのに、圧が消えない。


むしろ——


近づいてくる。


「じゃあさ」


さらに一歩。


距離が詰まる。


「少しだけ、一緒に帰ろ?」


「……」


返事が、出ない。


断るべきなのは分かっている。でも、どう断せばいいのか分からない。


その時だった。


「ごめんなさい」


横から、白ヶ崎が一歩前に出る。


自然な動きだった。


「今日は真守くん、体調あんまり良くないから」


淡々と、言う。


「帰ります」


そう言って、真守の肩から葵の手を外す。


そっと、でも確実に。


「……」


一瞬、空気が止まる。


「……そっか」


葵が、ゆっくりと呟く。


そのまま——


今度は白ヶ崎の方に手を伸ばした。


「——っ」


白ヶ崎の手首が、掴まれる。


さっきと同じ。


いや、それ以上に——強い。


「ごめんね」


葵が言う。


声は、柔らかいのに。どこか、冷たかった。


「気づかなくて」


「……」


白ヶ崎の体が、わずかに強張る。


誰でもわかる。今のは、ただの謝罪じゃない。


「……離して」


白ヶ崎が言う。


短く、でも、はっきりと。


「帰るから」


視線を逸らさない。葵と、正面から向き合う。


「……」


数秒。


沈黙。


やがて、葵の手がゆっくりと離れる。


「……うん」


そして、にこりと笑う。


今度は、ちゃんとした笑顔に見えた。


でも——


さっきの違和感が消えたわけじゃない。


「また明日ね」


手を振る。その仕草は、いつも通りだった。


「……」


何も言えない。


そのまま、白ヶ崎に引かれるように外へ出る。


校門を出て、歩く。

少しだけ早足。いや、かなり速い。


「……」


振り返らない。


振り返ったら、何かが壊れる気がした。


「……」


しばらくして、ようやく足が緩む。


「……大丈夫?」


白ヶ崎が、小さく聞く。


「……ああ」


答える。


でも、自分でも分かる。全然、大丈夫じゃない。


「……」


さっきの葵の顔が、頭から離れない。


あれは、本当に——


「……帰ろ」


白ヶ崎が言う。


それ以上は何も聞かない。


ただ、歩く速度を少しだけ合わせてくれる。

その距離が、やけに安心した。


寮に着き、階段を上がる。


いつもと同じ廊下。いつもと同じ景色。

なのに、どこか違って見える。


「……」


部屋の前に着く。


鍵を出そうとした、その時だった。


「……まーくん」


声。


足元の方から。


「……?」


視線を落とす。


そこに——


真希那が、座り込んでいた。


「……え」


思わず、声が漏れる。


髪は少し乱れていて、目は赤い。


明らかに、泣いていた。


「……どうした」


駆け寄る。


真希那が顔を上げる。


「まーくん……」


声が、震えていた。


いつもの強さは、どこにもない。


「……どうしよう」


ぽろっと、涙がこぼれる。


「どうしよう、まーくん……」


その一言で——


さっきまで感じていた恐怖とは、別の種類の何かが胸に広がった。


そして、何かが——


また動き始めている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ